SS26 「山」
気が付くと山を登っていた。
雪が微かに残った山肌。
踏んだ場所が微かにすべり、はがれたコケの下から黄色い土が覗く。
次の一歩は石の上に乗せた。
一息ついて上を見上げる。黒い影となった枝の隙間から白く澱んだ空が見えた。
「どうしてここにいるんだ?」
俺はバスに乗っていたはずだ。駅から7時に出る北行きの路線。緑と白色の車体のワンマンバス。それに乗ってこの町を離れるつもりだった。
だが、俺はここにいる。・・・・・・何故?
気が付くと他にも何人かの人間が歩いていた。
そばを学生と思われる男女が歩いていた。寒いのに男のほうは白いシャツのみで上着はなく、女子のほうも夏服の姿だった。見上げると木々の隙間に赤いドレスが揺れていた。
しばらく登りつづけると木造の建物が見えた。長さ10mほどの長細い木の箱といった外観だ。おそらくは休憩所なのだろう。前を行く者がそこに入っていった。小雨が降り始めていたのでそこに入った。建物の中は古い学校を思わせた。壁にはゴテゴテと張り紙が張られ、大きな黒板がかけられていた。黒板にも無数の張り紙。
そこに書かれた内容から察すると、この建物から頂上までは近いらしい。
もうすぐ辿り付けそうだ、窓から外を見つめながら考えた。
・・・・・・でも、俺は何処に行こうとしているのだろう?
その時、建物が揺れた。窓の外を見ると建物全体が揺れ、下に向かって滑り落ちていくことがわかった。木の箱が斜面を滑り落ちるように建物は山の下へと滑り落ちる。窓の外の光景が元来た経路が逆回しに映し出されていく。
激しい衝撃と共に建物が空を舞った。
気が付くと俺は駅のバス乗り場に立っていた。
山はどこにもない。
路線バスが駅に近づいてくる。
ため息をついて歩き出した。
・・・・・・何処に行けばいいのだろう?
元来た道を歩き出し、その横をバスが通りすぎた。