とある地方の令嬢ですが、婚約破棄を繰り返され困っています
「で、出て行け!」
彼――ルイスの焦ったような怒鳴り声が響き渡りました。
「何故ですか!」
「な、なぜもクソもあるか! 良いからお前となど婚約出来ん! 俺の前から消えろ!」
「そ、そんな……」
ああ、何度目でなのでしょう。
私はショックのあまり涙が浮かびます。
少しずつ距離が縮まって、二人で頑張っていこう、そこまでは良いのに、どうして何時も何時も何時も何時も。
クルクルと頭の中がパンクしそうになって感情をせき止める堤防がポロリポロリと崩れ落ちて行きました。
「うう……」
彼はそれを見て少し動揺しているようでしたが、毎度毎度、断る相手はいつもこうです。
きっと私のことを顔だけで判断している。
整った顔で泣かれて、動揺しているだけなのです。
そして次の言葉は決まっていました。
「……おい! こいつをさっさと送り返せ!」
「ルイス様……」
「ええい! 忌々しい! 名を呼ぶな! このホモ野郎め!」
こうして私は何度目かの婚約破棄を言い渡されたのです。
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幾度となく繰り返された罵詈雑言に私の心は、深く傷つき、ポロポロと涙が止まらない日々が続きました。
それはルイス様との婚約を破棄された一週間も経っていると言うのにも変わりません。
「お父様……」
「運が悪かったな」
「運が悪いでお済ませにならないでください……もう何度目だとお思いなのですか……」
「分かっている。だが相手が男色でなかったのだ。仕方ないではないか」
父は地方の小さな貴族でした。
そして私はそこの娘――として育てられることになるのですが、なぜ娘として育てるか、と言うとこの小さな小さな貴族の家が残っていくには娘が欲しかったのです。
強く、権力のある貴族と結ばれることで家を維持が出来ないほどに家は窮地を極めていました。
しかし現実とは残酷なもので生まれる子供はみな男。
そうした理由から小柄で女の子のようだった私はナニーと名づけられ、女として育てられました。
心は女として殿方のことを思っているのに。
――嫁に出る。
ただこれだけのことがこんなにも難しいなんて、世の中は間違えているのです。
「ナニー、次はここの家でどうだ?」
「……お父様のバカ!」
「おい! ナニーどこへ行く!?」
その一言に私は我慢できずに駆けだしました。
「必ず男色の長男が居るはずだ! それまで共に頑張ろう!」
父の声が私に届くが無視して駆け続け、なぜ私ばかりこうも傷つく必要があるのだろうか、と。
兄弟にはあざ笑われ、領地の人々には奇異の目で見られ、私は、私にとっては生きるとは戦うことを意味していました。
――でも、もう疲れた。
屋敷の外へと出て、裏の森へと深く深く入って行きます。
死ねばきっと今の辛い記憶も、生活も、父の勝手な政治戦略も全て消え――きっと。
森の奥の奥、抜けた先の崖までやってきてゴクリと喉がなります。
そう言えば最近は喉仏も出てきてしまっていました。
これ以上男になってしまう前に――
決心し私は飛び降りたのでした。
――ここはどこだろう。
優しくて柔らかい、まばゆい光が私を包んでいました。
私は死んだのでしょうか。
――なぜ飛び降りるのですか。
どこから声がしたのだろう、そう思いつつも私は答えます。
「なぜ……だって私は辛いのです」
――なぜ辛いのですか。
「私の本当の私を知ると殿方はみな、去っていくのです……それにみんな、私のことを奇異の目で見ます……」
――それはどうして。
「私が……男だから……」
――では女であれば。
「女だったら……どうして私は女に生まれなかったのですか?」
――わかりません、ですがその願い、今かなえましょう。
「え……?」
ふわふわとした優しい光が私を包み込んで――
気付いたら、飛び降りたはずの崖の上に私は寝ていました。
どういうことだろう、あの夢はいったいなんだったのだろう。
――その願い、今かなえましょう。
その言葉を思い出して自分の体を見ると言葉が何も出てきませんでした。
忌々しい男であった体がナニがない。この体は女の子そのもので。
ああ、まさか本当に。
私は嬉しくて、嬉しくて、屋敷へと駆けたのでした。
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父は大喜びでした。
私が本当に女になったこと。
顔はもともと整っていて、女の子に見間違えられるほどなのだから、もう私を邪魔する障害は何もないのです。
ルイス様を見返して今度こそ私と共に。
そう思って私は父へ進言しました。
「ルイス様のもとへ」
そして今。
「ルイス様……」
「良かったですね、ナニーお嬢様」
御者が私へと話しかけてきます。
「はい」
「お嬢様、頑張ってください」
「はい!」
私は再びルイス様の元へとやってきていました。
けれども。
――残酷。
と言う言葉を皆様はご存知でしょうか。
ルイス様はきっと誰でも良かったようで、そう、条件はただ、可愛らしく、美しい女の子であればと言うこと。
私はあの時、たまたま男の子であっただけ、本当は心は女の子だと言うのに。
ルイス様――ルイスの隣には別の女が既に居たのでした。
どうすれば良いのでしょう、と私は頭を捻りクルクルと思考が回転します。
まさかこんな短期間にルイスは別の女をこさえているとは思いもせず、ただただこの馬車での旅の二週間、ルイスのことだけを考え続けたこの二週間。
あの隣の女とルイスの両方に落ちてもらわなければ。
私はルイスを誘惑することにしました。
そして不貞のルイスを祭り上げ、寝取った女への復讐を果たすのです。
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「……ルイス様」
「な、ナニー!?」
やはり驚いていました。
まさか私が再びやってくるなど思っても居なかったのでしょう。
けれども父の文書は持参しており、城へと入るのはたやすい事でした。
「だ、誰かこの者を!?」
「お待ちください」
私はそっと、女の体となった胸をルイスに触らせる。
こんなことできるのは、もしかしたらまだルイスのことが好きなのかも知れません。ですがあの忌々しい女と一緒になってしまった以上、落ちるところまで落ちてもらいます。
「お……おん……な……?」
「はい」
「だがあの時は……!」
「あの時は違いました。ですがルイス様のことを思い……思って……」
ごくり、とルイスの喉がなったのが聞こえます。
――計画通り。
「ルイス様……ルイス様」
「な、なんだい、ナニー」
「ルイス様、あの女、一緒に居てよいのですか……?」
「どういうことだ?」
「私は知っているのです。なぜあの女が今、ルイス様の横にいらっしゃるかご存知ですか?」
「い、いや……」
ルイスは首を横に振ります。
当然でしょう、何しろ私が今作っているのですから。
「あの女はルイス様を落とすためにたくさんの人々を陰湿な嫌がらせで追い込んでまいりました……もちろん私もその一人でした」
「なんだと……?」
「ですが、二週間前の私は負けませんでした。あの時もあの女からたくさんの執拗な嫌がらせを受けていました……でも! 私はルイス様のことが……」
ぽろぽろと涙を流します。
完璧でしょう。
ちらり、とルイスを見れば完全に信じ切っています。
ちょろいもんです。
「な、ナニー……すまなかった……」
「良いのです。今から私と一緒になってくだされば……」
女の子になった途端これです。
私の心を踏みにじったことをとくと後悔するが良いでしょう。
その言葉を聞いたルイスは近くの兵士たちへと声をかけます。
「おい、お前たち」
「は!? ルイス様いかがなさいましたか!」
「あの女、つまみ出せ」
「は!? し、しかし……」
「構わん。あいつはこの俺と結ばれるために多くの女たちに嫌がらせをし、手回しをしてきた悪女だ。この情報を多くの貴族へ回せ!」
兵士はポカーンと口を開けていましたが、ルイスの言葉には従わざる得ないのでしょう。
「……は! 今すぐに! 伝書を飛ばさせて頂きます!」
ルイスは私へと向き直ります。
「これで良いか?」
「はい……もう二度と私のような者が現れなくなるはずです……」
「ああ、では……」
ルイスが私を連れ、寝室へと向かおうとします。
ですが、貴方に捧げる体はもうありません。
「あの……出来れば明日か、明後日にして頂けませんか……?」
「む……何故だ」
「長旅で疲れ切った私ではなく……」
手のひら返しここに極まり、と言えるでしょう。
ルイスは分かった、と一言言い、私を別の寝室へと通しました。
後は――明日、伝書が飛んだことを確認してからルイスの不貞を暴けば終わりです。
私は楽しくて仕方がありませんでした。
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――そして。
事は全てうまく運び、私は今、馬車の中で泣いたふりをしています。
ルイスは今ごろ、法廷にかけられていることでしょう。
私を無理やり襲わせたことにし、そしてルイスの隣に居た女は発狂し、ルイスとは魑魅魍魎の痴話喧嘩。
女の方もまさかあんな噂が流されているとは知らず。
私は逃げ出しました。
女が居るのに私を抱こうとした、と言い捨てて。
その後、私の耳に届いたのは、ルイスが勘当され貴族ではなくなったと言う噂と、ルイスの隣に居た女が飛び降りたと言う二つのお話。
私を裏切るとはこういうことなのです。
こうして私は悪の令嬢として世間を裏から操ることになっていくのでした。
悪役令嬢系?が流行っているようなので流行に乗ってコメディっぽく?書いてみました。
思いついてしまったからしょうがないんです。
後悔はしていません……たぶん……