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砕けた欠片を集めて  作者: くう
前章 彼がきえるまで
5/7

3話

「──ローン家の末っ子が誘拐されたんだってな。主都では噂になってる」

「なんだそれ、まさか殺されたんじゃないのか?」

「革新派のトップと言われてるローン家か。しかし、あれは──」


 数人の男たちと擦れ違う時そんな話が耳に入ってきた。

 特に気にも留めずに横を通り過ぎ、残りの買い物を済ませるために辺りの店を物色する。

 紙とインク、布、保存用のガラス瓶など諸々の補充品、それから森では手に入りにくい塩や加工食品。砂糖をたっぷり使ったお菓子は月に一度のささやかな贅沢だ。リトンも甘いものは嫌いではないみたいだから帰ったら二人でゆっくり食べよう。

「これで全部、シル?」

「うん、今日はこれで終わり」

 差し出された手に荷物を預け、横に並んだところで彼の視線がどこかに向けられているのに気付く。

「どうかした、リトン?」

「──いや」

 リトンが見ていた方向に私も目をやって、そこにあったものにああ、と声を漏らす。

「最近増えてきたみたいね、あれ」


──エルトラーゼに真の共和制を


石の壁に塗料で殴り書きされた言葉。半乾きで光沢を放っているその文字は、数年前から街中で少しずつ見られるようになってきたものと同じものだった。


 この国は共和制と銘打ってはいるが、実際は魔力の強い一部の家が支配する階層社会だ。

 その中でも国の中枢に近いのがアスター家、シェレン家などの数家。薄い金や銀の髪をしたそれらの家の人々は、生まれ持つ魔力の量が多いほど色素が薄くなると言う事実を見事に体現している。

 しかし近年では、どうやら魔力基準の階層制を崩し本来の共和制を取り戻そうとする、いわゆる「革新派」の動きが活発になってきているらしい。

 普段は森から出てこない私でも、たまに街に出たときに耳にする噂話やさっきのような落書きなんかからそのことは感じ取れていた。

 森での生活は基本的に自給自足だし、偶の買い物でしか街に用がない私としては階層がどうのこうのはどうでもいい。どんなことになろうとも薬草や素材が売れなくなることなんてありえないし、そうしてお金が得られれば必要なものは手に入る。

 だがしかし、近いうちにクーデターが起きそうだという話を耳に挟んだときには流石に眉をひそめた。

 国の制度がこれからどうなろうと全く構わないけれど、市場が混乱して物流が滞ることだけは勘弁してもらいたいものだ。



***



 ──ふと、夜中に喉の渇きを覚えて目を覚ました。

 物音を立てないようゆっくりベッドから下り、月明かりを頼りに水場へと向かう。

 家の裏にある井戸から冷たい水を汲み上げて喉を潤した。

 夜明けまではまだ時間がある。もう少し眠ろうかと部屋に戻る途中で、静寂に慣れた耳が小さなうめき声らしきものをとらえた。

(――リトン?)

 声が聞こえてくるのは元はメルリが使っていた部屋だ。今は片付けてリトンが使っている場所。

 簡素な木のドアを細く開けて中を覗く。窓際のベッドには見慣れた人影が横になっていて、断続的なうめき声は確かにそこから聞こえていた。

(うなされてるの?)

 そっと部屋に入り、ベッドに歩み寄って顔を覗くと苦しそうな表情をして額には脂汗が浮かんでいた。

「リトン」

 肩に揺らし少し大きな声を出して呼びかけても、リトンは目を覚まさない。

「リトン、大丈夫?」

 床に膝をつき、湿って額に貼り付いた髪をなでる。

 リトンは寝苦しそうに身じろぎしていたが、そのままなで続けていると、しばらくして寝息が落ち着いてきた。

 私はほっと息をついてリトンの部屋を後にし、自分の部屋に戻った。




 その夜はそれで終わりだったけれど、その後もリトンは度々夜中にうなされているようだった。

 何か嫌な夢でも見ているの、と訊ねてみると、リトンは少し躊躇した素振りを見せて、ぽつりと零すように言った。

「──なんか、夢の中ではいつも狭いとこに閉じこめられていてさ。おれはそこから出たくて必死で穴を空けているんだ」

 夢の中では、自分の本当の願いが形になって現れると言うけれど。

 ──夢の中でのリトンは、狭いところに閉じこめられてて、だから抜け出したい。それはつまり。

(早く記憶を取り戻したい、ということかな)

 魔法で押し込められた記憶がなんとかして出てこようとしていて、そのせいで夜うなされているということなのだろうか。

 思い返してみれば、リトンがうなされているときは彼を覆う魔法の気配が揺らいでいる気がした。

 精神感応系の魔法は掛けられた本人の意識が影響するところが大きいのだとメルリに聞いたことがある。

 だから私にあの忘却魔法は解けなくても、本人の意思が内側から働きかれば――もしかしたら、可能なのかもしれない。

 ──リトンはここにいたいと言ってくれたけれど、記憶が戻ったらやっぱり出て行っていしまう可能性も大きい。

 そのことを少しだけ寂しいと思ってしまったのを払うように、私はリトンに、朝食にしよう、と明るく声を掛けた。

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