1.5話
少年視点
――はじめに目に入ったのは、丸太を組み合わせただけの簡素な天井だった。
いつもと違うな、とそんな考えが脳裏をかすめた。だが何が違うのかを認識する前に思考は掠れて空白に消えていく。
「……こんにちは」
耳に届く声があり、視線をそちらに向けると誰かが椅子に座って彼を見下ろしていた。ふわふわと茶色の髪をひとつにまとめた、十五かそこらの少女のようだった。
「──、」
何か言おうと口を開いたが、干からびた喉の粘膜はそれを許さず、彼は体を折り曲げて激しくせき込んだ。
少女が慌てて彼の身を起こしコップの水を差し出した。それを一気に飲み干したところで彼はやっと息を落ち着かせる。
「あり、がとう」
詰まりながらも礼を述べると少女はちょっと微笑んで彼から空のコップを受け取った。
そこでやっと気付いたのだが、どうやら自分は今までベッドに横になっていたらしい。
しかしここがどこかは分からなかったので、ここは、と目の前の少女に訊ねてみた。
「ここはエラトルーゼ共和国の西の外れにある森の私の家。今朝、森であなたが倒れていたのを見つけたの」
それを聞いた彼はただ困惑する。エラトルーゼという知らない名詞にも、自分が森で倒れていたという事実にも。
「気を失う前のこと、何か覚えてる?」
そう問われて彼は自分がいたはずの場所のことを話そうとした。
なのに口に出そうとした途端に、頭の中にあったはずのことは跡形もなくかき消える。――残っていたのは、ただの白紙の記憶だった。
「……覚えてないの?」
その言葉に彼はぎこちなく頷いた。
彼女の瞳が思案するように細められ、別の質問をする。
「じゃあ、あなたの名前は何と言うの?」
これ以上にないほど簡単な問い。なのに、彼はこれにも答えを見つけることができないのだ。思いだそうとしても頭の中にはひたすら白が広がっているだけで、どこを探せばいいのかすらわからない。
少女が何かを呟いた。――随分と強力なボウキャクマホウにかかっているのね。そう聞こえたが、その意味すら彼には理解できなかった。
何でもいいから覚えていることはないかと再度問われる。
しかし彼はわからない、とただ繰り返すことしかできないのだった。