引き鉄 二
二
ミクは夕飯前にTVを見ていた。田舎の小さな中学校に通うミクの楽しみはTVをみることという極普通のものであった。今日は日曜日だった。お気に入りのアニメが放映されていたのでワクワクしながら見入っていたのだが、ついうたたねをしたようである。気が付くとTVの画面はニュースにかわりチャンネルを変えようとした時、飛び込んできた。
-独裁-
-支配-
-戦争-
そのキーワードは頭の中を駆け巡り、凄惨な光景も目に映っているようだった。
ミクは小さい時から近未来を予見することがあって自分でも気味が悪いと思っていた。予見が当らないのであれば、それほど気にすることはないが、これが実によく当るのである。見たいものが予見されるのではなく、突然の予見の来訪なのでミクはよく戸惑いを覚えていた。その戸惑いを僅かの友人に話したが、真に受けてくれたのは少数の人だけであった。幸いなのは受け入れてくれた友人は気味悪がらずに親身になってくれたことである。
今日の予見は今までと違っていた。いつもはもっと具体的で生々しい予見であったが、今日の予見は、抽象的で頭の中に映る光景も凄惨だと感じるだけではっきりこれだという映像は無かった。それでもミクは今までで一番恐ろしい予見だと感じていて、その夜は眠れなかったのである。
「ねぇ、聞いて」
「また見たの?」
翌日の朝、ミクはシンレイを見つけて昨日のことを聞いて貰おうと思っていた。シンレイはミクのよき理解者の一人で生徒会長もやっていたのである。シンレイに集まってくる生徒は多く、悩みの相談は先生よりもシンレイにと言われるほどであった。シンレイの持ち味は判断の早さであって、それが的確でもあったのだ。シンレイとミクは幼稚園の頃から一緒に遊んだ幼馴染であったのでミクが特別扱いされてもいいのだが、ミクはどうしてもそうなりたいとは思わなかった。ミクは「わたしはその他大勢の一人でいいわ」と思っていたのである。
一方、シンレイにとってミクは特別な存在でとても面白く興味のある存在であった。どこがと言われれば、同じ匂いを持った存在かもしれないという思いがあったからで、シンレイの判断力も知性や理性のもたらすものではなかったのだ。ただこの時の二人の共通項を導き出したのは匂いでしかなかった。
「その深刻そうな顔を見るとまた誰か死ぬのかな?」
「そうかもしれないけど、身近な人じゃないわ」
「え、どういうこと?」
「よくわからないの。でも、とても怖いの」
「ふーん、詳しく聞いた方がいいかな」
「何が見えたの?」
「キーワードと怖い光景。でもどんな光景なのかわからない」
「ふーん、今までと違って具体的じゃないね。先ずキーワードを聞こうか」
「独裁。支配。戦争」
「誰が言っていたの?」
「わからない」
「じゃあ、どんな時それを聞いたの?」
「ニュースの時だと思う。確か偉い人が映っていた」
「そのキーワードから行くと国家の首脳部と関係ありそうだけど、映っていたのは日本の人だよね」
「うん、日本の人。それとコマーシャルも関係あるかも。お前もグルかよって声が聞こえてきたの思い出した」
「そのまま解釈すると日本の中枢の人たちが独裁で日本を支配して戦争を起こすとなるけど、まさかね」
「わかんない。でも見た光景にキノコ雲あったのも思い出した」
「う~ん、それこそ雲を掴むような話だね。そうだ、サキさんに話してみようか」
サキは近隣の人から変人だと言われていた。精神病棟にも何回か入院して変人ならば格別な計らいで半分は怖い人というレッテルを貼っていたのだ。それでも変人評価の人が半数もいるのは、その性格と醸し出す雰囲気にあった。最近はめっきりと減ったが若い頃は、怒髪天を突くという言葉そのままに怒りまくることがあった。それでも隠れファンが多かったのは、怒りの対象が強者にのみ向けられていて弱者を庇っていたからである。ファンに女性が多いのは、その雰囲気にあると思われる。顔やスタイルからはさほどもてるとは思えないのだが、研ぎ澄まされたような芒洋としたような、なんとも言えないアンバランスな雰囲気を醸し出していた。
サキが30代前半まで何をしてきたのか知る人はいない。突然、田舎の実家に帰って来て細々と暮らし始めて20年は経ているようだ。その間に親族を失い、本人も足を患い精神を患ったようで、サキが何を楽しみとしているのか知る人もいない。よくサキの家に出入りするのは一部の子供たちで“学校で教えないことを教えてくれる”と人気があった。
今でも語り草となっているのは役場乱壊事件で、サキは片手にツルハシを持って役場に乗り込んだ。何がサキの逆鱗に触れたのか今でもわからないが、事後の役場には立っている柱がなかったそうである。柱が無ければ建物が倒れるからこれは誰かの誇張としても、不思議なのはサキがお縄とならなかったことである。誰かが言うには、役場に決定的な弱みがあったとか、サキは町長の秘密の御用番であるとかであったが、サキも今日まで黙しているから真相はわからない。わかっているのはサキの逆鱗に触れてはいけないということだけである。
「サキさーん、いる?」
いつものことであるが、ミクとシンレイはそう呼ばわって、そのまま家の中へと上がり込んだ。サキは足が悪いので勝手に上がれと言われているのである。