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藍童話  作者: 十浦 圭
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霜夜神社

Twitter上の創作企画「空想の街」(http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品(を加筆修正して纏めたものです。

作中に企画の設定に準拠した表現がありますが、これ単体でも読めます。


 むかし、むかしの話。まだ街に技術者が集まらず、沈みもしていない、けれど時計塔だけはあった頃の話だ。町はずれに一人の若者が住んでおった。彼は寡黙だったが真摯で、年に似合わず誠実だった。それは冬の出来事だった。それはとても寒い冬だった。


 ある朝、道いっぱいに霜柱が出来ていた。珍しいと思いながらその上を歩いていった若者は、一部がこんもりと人の形になっていることに気が付いた。よく見るとそれは人だった。霜柱に支えられ倒れた少女の上に雪が積もっていた。

 若者は慌てて少女を家に連れ帰った。暖かい炉の傍に寝かせても、少女の肌は白いままだった。若者は熱心に少女の看病をした。やがて日が昇り沈む頃、少女は目を覚ました。


 少女はソウヤと名乗った。若者はなぜ道に倒れていたのか、家がどこにあるのか尋ねたがソウヤは答えたがらなかった。優しい若者はそれ以来ソウヤに彼女のことを聞くのをやめた。

 ソウヤはそのまま若者の家で暮らし始めた。ソウヤは働き者で優しく、またとても美しかったので若者は喜んで一緒に暮らしていた。二人で暮らす日々は慎ましく、しかし楽しく流れた。


 冬が終わり始めていた。ある夜、若者は眠っていたところをソウヤに揺り起こされた。

「なんだい?」

優しく尋ねればソウヤは顔を伏せて言った。

「今までありがとう。けれど私はもう行かなければなりません」

「行くとは何処へ?」

「私は水の精なのです」

ソウヤの冷たい手が若者の手を握った。

「霜としてこの地に降り立ち、やがて春になれば空中に飛んで、雲となり雨となる。一所に留まってはいられない」

 ごめんなさい、と俯くソウヤに若者は何も言えなかった。


 ソウヤが隣で伏し、やがて寝息が聞こえ始めてから、若者はこっそり家を抜け出した。終わりかけとはいえ、夜は寒かった。冷たい闇の中を若者はただひたすらに走った。


 やがて若者が辿り着いたのは小さな神社だった。農作業の手伝いの合間に、ちらりと聞いた噂を若者は思い出した。本殿には竜の意匠が施されていた。若者は祠の前に平服した。叫んだ。

「お願いです!なにとぞ!彼女を私の元に留めておかせて頂けませぬか!」

それまで生きてきて初めてといえる程の大声で若者は叫んだ。

「私は彼女と添い遂げとうございます!なにとぞ!お見過ごし願えないでしょうか!」

 境内は静かなままだった。傍に流れる小川の音が響いた。若者は地に伏したまま叫び続けていた。

「お願いです!お願いでございます!」

 どお、と遠くで何かの音がしたのは、若者が叫び始めて数刻経ってからだった。


 訝しげに顔を上げた若者は、川が上流からすごい勢いで流れてくるのをみた。濁流はうねり猛りながら境内へ、若者のいる場所へ流れていた。若者は自分が神を怒らせたことを知った。 


 突然疾風が吹いた。若者の隣を、白い風が通り過ぎた。祠がどおっと音を立てた。近くまで来ていた濁流が急に勢いを失くし始めた。

 若者は茫然と前を見た。真っ白なままのソウヤが竜の像を踏みつけていた。像は砕けていた。


「ソウヤ…」

驚きから覚めぬまま呟いた若者に、ソウヤは一つ涙をこぼした。

「ごめんなさい、ごめんなさい…」

白い肌はますます白く透き通り、髪や服からも色という色が消えていった。竜神の像から消えたのとそっくりな光が、ソウヤの体から発せられ始めた。

「ごめんなさい」

微かな声を残して、ソウヤは消えた。

「霜夜!」

若者の声が境内に響いた。若者はぼんやりと、神という存在について、思った。


 街外れには今でも、小さな祠と小さな像だけの神社がある。傍の小川はいつでも穏やかなままだ。

 霜夜神社、という名を掲げるその神社の、最初の神主は若い男だったと言われている。彼は死ぬまで、一人でこの神社を守っていたと言われている。


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