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藍童話  作者: 十浦 圭
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滴花

Twitter上の創作企画「空想の街」(http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品(を加筆修正して纏めたものです。

作中に企画の設定に準拠した表現がありますが、これ単体でも読めます。


 それは滴花というのでした。なんでも治せる薬の材料なのです。もう長いこと病気で眠っていなければならないユーリとその両親はずっとその花を探していました。さんさんと降る日差しの中でベッドに横たわったまま、ユーリは見たこともないはずのその珍しい滴花をいつも夢に見るのでした。


 夢の中で、花は綺麗なひし形の花びらをしていました。色とりどりの滴花の花畑を走る夢はとても楽しくて、ユーリは時々それが夢であることを忘れました。はやく滴花が見つかればいいのになあ。夢から覚めるたびにユーリは思うのでした。


 ある日お父さんが滴花の種を買ってきました。旅の行商人が持っていたのです。ユーリには”ぎょうしょうにん”がどんな人なのか分かりませんでしたが、待ち焦がれていた滴花の種に大喜びでした。

 行商人によると、花の種を飲み込むことがそのまま薬になるようでした。種が病気の悪いところを吸い取ってくれるのだそうです。ユーリはわくわくしながら種を飲みました。もうこれで、ベッドの中だけの毎日とはさよなら出来るのです。


 その夜、ユーリはとても素敵な夢をみました。

 夢の中でユーリは見たこともない外国にいました。たくさんの布をひらひらさせた女性たちが、立派な男性に何度もお辞儀をします。部屋の中はたくさんの贈り物であふれていて、ユーリはその贈り物の中にぽつんと立っているのでした。ユーリには、それが種の記憶だということがすぐに分かりました。


 次の日目が覚めると、呼吸が少し楽になっていました。家の中を歩き回っても苦しくなりません。両親はその事実をユーリ以上に喜び、その日の晩にささやかなパーティをしてくれました。


 次の晩、ユーリはまた別の街の夢を見ました。真っ白に雪に覆われた道を進んだその先に、冬の日差しにきらきらと光る凍った海がありました。ここは港なんだわ、とユーリは思いました。ユーリの乗った箱を受け取る男はぶ厚いコートを着ています。ちらり、とその袖口から何か緑色のものが見えました。なんだろう、と思った次の瞬間、ユーリはベッドの中で目を覚ましました。


 次の日も、その次の日もユーリは夢を見続けました。ユーリの病気はだんだんと治っていき、今では長時間の外出も許されるようになりました。しかしその一方で、お医者様は診察のたびに、なんだか難しい顔をするようになりました。

 そんな日が続いた、ある日のことでした。


 ユーリの口から、ぽろりとひし形の花びらがこぼれました。母親の悲鳴をどこか遠くに聞きながら、ユーリはぼんやりと花びらを眺めました。それをきっかけに、ユーリの体からは滴花の蔓が生え始めました。


 驚いた両親はユーリを連れて病院に駆け込みました。医者は難しい顔で首を振りました。滴花はユーリの悪いところを吸い取ってくれました。そして吸い込むたびに、ユーリの体の中で、少しずつ大きくなっていたのです。

 滴花を抜くのは手術でできるだろう。けれど、滴花を抜いてしまえばまた病気が始まってしまう。そう医者は言いました。

 驚き嘆く両親とはうらはらに、ユーリはなんとなく納得していました。いつも夢に出てくる豪邸やお城にいた、植物だらけの人々。彼らもきっと、滴花の種を飲んだ人たちだったのです。


 蔓のせいでユーリは夏でも半袖を着られなくなりました。そのまま外に出たらみんなが驚くからです。雨の日も外に出れません。雨のせいで滴花が成長してしまうからです。両親はとても寂しそうでした。でもユーリはちっとも悲しくありませんでした。


 外に出なくても、滴花は毎晩とても素敵な場所の夢をみせてくれます。夢はみるにつれてどんどん本物のようになっていて、最近では味も感じるのです。滴花のおかげで体も辛くありません。ユーリは幸せでした。滴花をずっと守ろうと思っていました。

 そうしてユーリは滴花と一緒に生きています。多分、今でも植物に体を覆われたまま、どこかで。


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