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藍童話  作者: 十浦 圭
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宝石の夢

Twitter上の創作企画「空想の街」(http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品(を加筆修正して纏めたものです。

作中に企画の設定に準拠した表現がありますが、これ単体でも読めます。


 もうずっと昔の話。街に一人の若者が訪れた。自分の力を信じ、夢を信じ、希望に溢れた若者だった。

 旅人好きな住人に彼は歓迎され、たくさんの面白い旅の話や素晴らしい持ち物によって、若者は一躍街の人気者になった。

 時計塔はあったものの、まだ人口は今に比べれば少なかったし、地区も不揃いで未発達な街だった。けれど若者は職人達の見事な細工に感心し、街にしばらくの滞在を決めたのだった。


 秋が過ぎ、冬が過ぎて若者はすっかり街に住み着いてしまっていた。彼は手先が器用だったし、少し浮ついた面はあったものの明るく快活な性格だった。容姿も悪くなかった彼に、何人もの年頃の娘が惚れて告白したが、彼は首を縦には振らなかった。

「そろそろ嫁を貰ったらどうかね」

 街に住んで3年が過ぎて、見かねた師匠にそう言われても若者は明るく笑い飛ばすだけだった。

「俺が惚れる娘がいれば、すぐにでもプロポーズするよ。でも肝心の相手がいない」


 彼がやってきて5年が過ぎて、しかし若者はまだ独り身のままだった。彼の心を射止める娘は果たして現れるのか、未だに目を光らせる者も、関心を失った者もいた。そして6度目の秋が来て、とうとう若者が恋に落ちたという噂が流れたのだった。

 物見高い人々やフラれた娘、密かに彼を慕っていた女性が若者の家に集まった。興味津々に見つめる視線の中で、彼は照れ臭そうに笑って、部屋の真ん中に置いてある布の掛けられた何かを指さした。

「俺はとうとうこれに捕まっちまったんだ」 

 サッと手がびろうどの布を引っ張り、そして布の下から宝石の女性像が現れた。唖然とする住民達の前で若者ははにかんだ。

「俺は彼女を愛しているんだ」

 沈黙に、像の宝石がきらきらと光った。


 その日以降も若者はせっせと働き陽気に笑い、今までと変わらず毎日を過ごしていた。少しだけ変わったのが、告白する娘たちへの対応が優しくなったこと、時折女性像に話しかけること、そして夜になると何かごそごそ作業をするようになったことだった。

 慕われていた若者の異変に多くの人が心配して駆け付けた。そして分かったのは若者が気が変になったのでも、女性像を人と思っている訳でもないということだった。会話は論理立っていて、女性像が宝石であることも理解している。ただ像に恋をしているだけだった。

 説得に疲れた住民の前で若者は軽やかに笑った。

「俺はただ彼女が好きなだけさ。真剣に愛してる。みんながするような結婚は出来ないけど、見ていて欲しい。俺は彼女と添い遂げたいと願っているんだ」


 若者が像に恋をして一月がたち、街の人々も若者を説得するのを諦めかけてきた頃だった。若者が親しい友人を集めて結婚式をする、と発表した。落ち着きかけていた噂はたちまち街中を駆け回った。


 当日の夜、わらわらと集まった人々の前で女性像の横に立ち、若者はにっこりと微笑んだ。

「お集まりの皆さん、今日は僕と彼女のためにどうもありがとう!今夜をもって僕は彼女の夫になることになりました!」

「でもどうやって?」

 群衆から上がった疑問の声に若者は振り向いて、銀色の何かを取り出した。

「僕は彼女への忠心と献身を示すことにしたんだ。これを食べて、僕は宝石になる」

 どよめく人々の前に晴れ晴れしく若者の声が響いた。

「僕はずっとこれを探していたんだ。これで僕は彼女とずっと一緒にいられる。どうか、彼女と僕を並べて夫婦の像としていつまでも大切に飾っていて欲しい」

「あっ」

 誰かが声を上げるより早く、若者は手の中の銀のそれを齧った。顔を上げてにっこり笑った若者の体は、たちまち青く透き通ってゆき、悲鳴が上がる間もなく、そこには若者の姿をしたサファイアの像が立っていた。


 あまりのことに声を失った人々の前で、きらきらと二体の像は輝いていた。そして、針の音さえも響きそうなその沈黙に、ぴしり、と小さく何かの音がした。

 どよめき後ずさる人々の前で罅は大きくなっていき

「あれを!」

 誰かが指さした先で、女性像が割れた。割れた下から肌色が覗いていた。

 ぴしぴしと宝石の殻を落としながら、しなやかな体を伸ばして、美しい女性がそこに現れた。きょとんとした表情で辺りを見渡す目は、像の時にそうだったようにきらきら光っていた。

「ここはどこ?」


 我に返った住人に説明をされても、女性はなにも分からないようだった。なにも知らない、分からない。記憶もなにも持たない彼女は、まさしく宝石の像だった。愛と献身によって、人間になった、宝石の像。

 動揺してざわめく人々の輪の中で、ふと彼女が振り返った。ぽつんと一人で立つ若者の像は、それでも美しく輝いていた。


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