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藍童話  作者: 十浦 圭
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時計姫

Twitter上の創作企画「空想の街」(http://www4.atwiki.jp/fancytwon)に参加した作品を加筆修正して纏めたものです。

作中に企画の設定に準拠した表現がありますが、単体でも読むことができます。

話数の順番は特にありません。

企画参加ごとに書いていっているので、今後も増えていくと思います。

 あるところに海と山に囲まれた街がありました。その街には賢い王様と美しいお妃様と幸福な住民たちが住んでいました。何もかもに満足していた彼らでしたが、たった一つだけ、幸せな彼らが憂いていることがありました。王様とお妃様にはまだお子がいなかったのです。


 お妃様はその美しいしろい肌に涙をこぼしながら毎晩お祈りしていました。

「どうか私にお子をお授け下さいませ」

 ある春の夜のことちかちかっと☆が瞬き、お妃様は不思議な声を聞きました。

「もし私の願いを何でも一つだけ叶えるのならおまえの願いを叶えてやろう」

「あなたは神様でしょうか」

「さあ分からない。でもお前は子供が欲しいのだろう」

「ええ、とても」

「ならば云えばいい。願いを叶えると云えばいい」

「あなたの願いを叶えます。どうかわたくしにお子を授けてくださいな」

 お妃様が言った途端に☆は瞬くのを止めました。


 ところがその声の主は神様どころか森に住む偏屈な魔女だったのです。

 そうとは知らずにお妃様はこのことを王様に報告し、お子を授かれるかもしれないと喜びました。賢い王様は正体不明の声に少し不安を覚えましたが、それでも喜ぶお妃様に微笑み返しました。


 二月とたたないうちに、お妃さまは懐妊しました。

 そしてたちまち10月10日がたち、とうとうお姫様が生まれたのです。


 お姫様は太陽を切り取ったような金の髪に、きらきら光る青い目のとても可愛らしい女の子でしたので、王様とお妃様、住人たちはたちまちお姫様に夢中になりました。王様はお姫様が生まれてしばらくは不気味な声のことが気にかかっていましたが、いつまでたっても声の主は現れず、やがて時が過ぎるうちにそのことをすっかり忘れてしまいました。


 お姫様はすくすくと育ち、やがて10才のお誕生日を向かえました。それはそれは盛大なお祝いで、かねてから計画されていた時計塔の完成もこの日でしたので、街はお祭り騒ぎです。王様とお妃様は幸福そうに微笑みました。お姫様も笑いました。そして、魔女が現れたのです。


 完成したばかりの時計塔の下で騒いでいた人々は魔女の登場に静まり返りました。皆、魔女が意地が悪くて捻くれてることを知っていたのです。

 魔女は言いました。

「願いを叶えてもらいにきた」

 あの声が魔女のものだったことに気が付いて、お妃様は手で顔を覆いました。


 そうしてお姫様は時計塔の中に住むことになったのでした。魔女はお姫様に、時が止まるまで誰もがお姫様を思い出せないように、お姫様が時計塔から出られないように、と呪いをかけました。からくり仕掛けに囲まれて、お姫様は誰からも忘れられたまま生きていました。たった一人で、生きていました。


 幾年かが過ぎ、街へ一人の旅人がやってきました。彼は少々考えなしなところがありましたが好奇心旺盛で正義感に溢れていました。観光を楽しんだ後、感心して時計塔を見上げた彼はふと時計塔に扉が付いていることに気が付きました。

(これは探検しない訳にはいくまい)


「だあれ?」

 時計塔の上部の小部屋にたどり着いた旅人が目にしたのは、とても美しいお姫様の姿でした。8年も外に出てないせいでお姫様の肌はいよいよ白く金の髪は床を覆うほどに長く伸びていました。

「旅人です」

「何しに来たの?」

 顔を歪ませてお姫様は言いました。

「探検に。ところであなたは誰ですか?こんな狭いところで泣いている、あなたは?」

「私はお姫様」

「どうしてお姫様がこんなところに?」

「悪い魔女に閉じ込められてしまったの」

 そう言ってお姫様はふいと旅人から顔をそらしてしまいました。

「呪いでみんな私を忘れてしまった。私はこの塔から出ることが出来ない。あなたも早く何処かへ行って。どうせ忘れてしまうのだから」

 ところが旅人の方はもうすっかりお姫様に心を奪われておりました。

「どうすればあなたの呪いを解くことが出来るでしょう?」

 旅人は跪いてお姫様に尋ねました。

「出来やしないわ」

 投げやりにお姫様は答えました。

「時が止まるまで私はここに居なきゃならない」

「時が止まるまで」

「お父様も学者も妖術使いも皆試したけど無理だったわ」

 だから、どうか放っておいてちょうだいな。

 小さな声でお姫様が言いました。

 小さな涙がドレスの上を滑りました。

 ふむ、と旅人は考え込みましたがそれは長くは続きませんでした。にっこり笑って旅人は言いました。

「それでは僕が呪いを解いて差し上げましょう。そうしたら一緒に街に遊びに行きませんか」

「・・・本当に?」

「ええ」

 そこで初めて旅人はお姫様の笑顔を目にしたのでした。


 それでは下へ降りていてください、と旅人はお姫様に言いからくりへと向き直りました。お姫様の足音が遠ざかるのを確認して、旅人は荷物の中から鉄の棒を取り出しました。

 そして思い切り、からくりをぶっ叩きました。

 この街の”時”を旅人は止めるつもりだったのです。


 旅人は何度もからくりを打ちすえ、とうとう時計は止まってしまいました。街中に響いていた秒針の音が止みました。

 と同時に、塔から出たお姫様の歓声が下から聞こえてきました。


 塔を降りた旅人にお姫様は微笑みました。旅人もすっかり嬉しくなって微笑み返しました。そこへ異変を知った住人たちが駆けつけてきました。幸福でいっぱいのお姫様は叫びました。

「みんな!呪いが解けたの!彼が解いてくれたの!」

 住人は答えました。

「お前は誰だ!」


 訳が分からないまま、お姫様は怒り狂った住人たちに引き倒されました。何故?呪いは解けたはずなのに?

 旅人は魔女がまだ生きていることを忘れていたのです。お姫様の呪いが解けたことに気が付いた魔女が、それを黙って見ている筈がないのでした。

 旅人はお姫様の手を取ると走りだしました。


 やがて森の入り口で二人は追い詰められました。ぎらぎら目を光らせた住人たちは魔女に操られているのに違いありません。囲まれながらお姫様はさっと辺りを見回しました。

 住人に引き倒され殴られ蹴られながらお姫様は森の一点を指さしました。

「魔女があそこに、」

 旅人もそちらを向きました。彼はまだ手に鉄の棒を握っていました。

 お姫様の声はもう聞こえません。旅人は最期の力を振り絞って鉄の棒を投げました。

 棒はびゅうと音を立てて飛び、

 魔女の胸に突き刺さりました。


 はっ、と住人たちは我に返りました。

 一体どうしてここにいるのか分からないという表情で辺りを見渡して、やがて自分たちの前の三つの骸に気が付きました。

 鉄の棒を胸に突き立てて絶命した魔女と、手をつないだまま倒れ伏す旅人とお姫様の姿がそこにありました。


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