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ライン・メーカー  作者: 四国 ヘリ
ラビス・クセナキス
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ラビス・クセナキス ④

 目が覚めて、そしてその寝ぼけ眼で最初に捉えたのは、父親の酷く疲弊した顔付きだった。


 ラビスは、どうして父親がそんな顔をしているのか、どうして涙を流しているのか、すぐにはわからなかった。が、少しずつ意識が覚醒してきたところで、昨晩の眠りに落ちてしまう寸前まで必死に見つめていた母親の姿を思い出し、すべてを理解した。


 体を起して、ラビスは父親に向けて言葉を出そうとした。言いたいこと、伝えたいことがいくつもあった。


 しかし、言葉を出そうとした瞬間に父親に強く抱きしめられて、ラビスは何も言えなくなった。父親は震えていた。ラビスの肩に顎を乗せて涙を流して、父親は嗚咽を漏らした。


 何がどうなっているのか、ラビスは再度わからなくなっていた。


 四人の見知らぬ大きな男達の姿が、父親の肩越しに見えた。


 その四人の男達は、家族の食卓に腰かけていた。父親が座る席に、一人。母親が座る席に、一人。ラビスが座る席に、一人。そして、新しく家族が生まれてきた時のためにと用意されている席に、一人。


 知らない誰かが、家族の空間を侵略していた。


 ごめんな、と耳元で父親の嗄れた声がした。


 何がどうなっているのか、ラビスにはわからなかった。


 父親が抱擁を解いてラビスから離れると、四人の見知らぬ男達が立ち上がった。その内の二人がラビスに近づいてきて、両側からラビスの右腕と左腕を片方ずつ押さえた。そして、家の外へと向かって、大きな男達は歩き出した。


 ラビスは、抵抗することができなかった。男達の歩幅が大きくて付いていくことに精一杯だったし、何より、本当に何がどうなっているのかわからなかったので呆然としていて、抵抗するという考えすら浮かばなかった。


 悪い夢を見ているのかな、とラビスは思っていた。ここはまだ夢の世界で、悪い夢を見ているのかな、とラビスは思っていた。


 ちらりと後ろを振り向くと、家から出ていく寸前、父親と母親の姿が見えた。父親は、床に膝をついて、両手で顔を押えて肩を震わせていた。母親は、仰向けに寝ている体の首から上だけを僅かに上げて、その腫れ上がった目から涙を流していた。


 その涙の理由を、ラビスは理解できなかった。


 ただ、悪い夢なら早く覚めてくれればいいのにと、それだけを思っていた。




 ……しかし、夢ではなかった。


 すべてが現実だった。


 ラビスが男達に連れて行かれた先は……地獄だった。




 第九地区――そこは、柵や壁で周りを囲われていなくとも、そこから先がそうなのだと一目でわかってしまうような、そんな凄惨な場所だった。


 こんな所で人が暮らせるわけがない、というのがラビスの率直な第一印象だった。


 何よりも酷かったのが、臭いだ。


 生活空間に関しては我慢に我慢を重ねればどうにか耐えられるものだったが、この第九地区全体に漂っている酷い臭いは、とても耐えられたものではなかった。それは何日も前から第九地区で暮らしている労働者にも言えることだった。今日初めてこの場にきたラビスは、臭いによる痛みで、涙を流してしまった。


 一体、自分はどうなってしまうのだろう。


 嗚咽を漏らしながらラビスは男達に視線を向けたが、反応は何も返ってこなかった。四人の男達はそれぞれ鼻を塞ぎながら、苦痛に歪んだ顔付きで黙って歩き続けていた。両腕を押さえられているラビスは、泣きながらただただ付いていくことしかできなかった。


 そのまま十数分もの間歩き続けて……男達はいくつか建てられている小屋の中でも特に酷い状態のそれにラビスを投げ入れたところで、去っていった。


 何一つ、説明することなく。


 男達は、ラビスと一度も目を合わせることなく、去っていった。


 しかしそれでも……ラビスは、理解した。


 少ししてから小屋の中に入ってきた別の見知らぬ男が浮かべている陰湿な表情を見て、ラビスは自分がどうなってしまったのか、理解した。


 夢ではなかった。


 これは悪い夢ではなかった。


 絶望がラビスの心を支配していた。




 そしてその日から――ラビスは地獄を知ることになった。

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