炭鉱都市アフィスタ 第三地区 ⑩
風呂から上がった後も、ラビスはエルダに振り回され続けた。
「食事に行こう」と、風呂を出てホテルからも出たところでエルダはそう言って、歩き出した……が、少しして唐突に、ラビスを見つめて「服装がみすぼらしい」と呟いて、進路変更。あれやこれやと様々な服をラビスに着させて、着せ替え人形にそうするようにエルダは何着も何着も試着させ、決着がついたのは一時間後。それから気を取り直して食事に行こうという雰囲気になろうとしたが、またもエルダはラビスを見つめて……今度は「髪型が気に入らない」と呟き、進路変更。床屋に突入し、「あたしがやってやる」と床屋の主人から鋏を奪い取り、そうしてラビスの髪を切り終えたのが一時間後。納得の表情で床屋を出て、今度こそ食事に行くのかと思われたが、しかしまたもやエルダはラビスを見つめて、視線を足元に落として「いい靴を買ってやる」と言い始め…………そんなこんなで、ラビスはひたすら、振り回されたのだった。
「おーし! 寝るぞ!」
「…………」
高級ホテル――その最上階の一室。
食事を終えたところでエルダが「風呂に入りなおす!」と言い始め、二人は例の高級ホテルまで戻ってまたも貸し切りの風呂に入り……その後、ラビスが脱衣所で放心している間に、エルダの手配でここに宿泊することが決まったのだった。
「目一杯食って飲んでガッツリ湯に浸かって――これ以上ない一日だったな!」
「…………うん、そうだね」
満面の笑みを浮かべているエルダに対して、ラビスの表情は悲壮なものだった。
これほどに満身創痍という言葉が似合う顔はないだろうと、そんなことを思ってしまうような表情だった。
(つ、疲れた……ほんとに、疲れた)
(これまでの……第九地区の仕事のほうがまだ楽だと思えるような、そんな一日……)
(エルダ……この人は、怖いし……相手をするの、疲れる)
(…………どうして、なんだろう)
ふと、思った。
どうして――その言葉が、ラビスの脳裏を過った。
そう気づいたときには、尋ねていた。
「エルダ、どうして……どうして、俺にここまで、してくれるんだ」
「あぁ? 何がだよ、ラビス」
「服とか、髪とか、靴とか、食事や風呂……どうして、どうしてエルダは、俺にいろんなことをしてくれるんだ。俺は、エルダに何もしてあげられないのに、どうし――いてっ」
「難しく考えんなよ、ラビス」
こつん――と、今までの何倍も優しい力でラビスの頭に拳骨を振り下ろし、エルダは言う。
「お前は、あたしの相棒になったんだ。心配すんな。明日から嫌というほど働いてもらうから――だから、今日はその景気付けってもんさ」
「……明日、から?」
「そう、明日から。覚悟しとけよ、ラビス。詳しいことはその時になったら話すが……今回のは、なかなか面倒そうな仕事だ」
そう言った、その直後。
エルダの顔から――笑みが、消えた。
「頑張ろうぜラビス。あたしらに託された願い、あたしらを待ってる奴らの想い、どうにかこうにか叶えてやろうぜ」
「う……うん。わかった」
と、ラビスはそれ以上、何も言葉が出てこなかった。
聞きたいことはいくつもあった――しかし、エルダのその顔を見たら、すべて消え去ってしまった。
何を聞けばいいのか……いや、何も聞くべきではないと、そう思った。
「……ま、とにかく、明日のことは明日やろうや。今は体を休めようぜ。ラビスはそっちで、あたしはこっちのベッド。明日に備えて、しっかり睡眠取るぞ」
「わ、わかった」
のそりとベッドに横になるエルダに倣って、ラビスもベッドに横になる。
その瞬間――何とも言えない眠気が、ラビスを襲った。
(うわ、なんだこれ……ただ横になっただけなのに、もう寝てしまいそうだ……)
(今までは……第九地区のあのボロ小屋では、寝るとこ床しかなくて……寒いし体が痛いしで、すぐに寝付くことなんて一度もなかった……)
(……それに、もし起きれなかったらどうしよう、なんて考えて……寝るのが、辛かった)
(なのに……今は、なぜだろう)
(何も、頭の中……からっぽで…………)
「……よほど疲れてたんだなあ、ラビス」
ごろりと体の向きを変えて、眠りに落ちたラビスを見つめて――エルダは、呟く。
「これまでずっと……辛かったんだろうなあ」
それは、簡単に想像できることだった。
風呂場で見たラビスの体――そこには、数えきれないほどの、数えるのが嫌になるほどの傷と痣があった。
一緒に街を歩いていた時のラビスの態度――常に周囲の人間の視線を気にしてびくびくと怯えているその姿には、濃く深い心の傷が表れていた。
身心ともに、限界を迎えていることが容易にわかった。
どんな生活をしてきたのか、どんな扱いを受けてきたのか……胸が痛くなるほどに、わかってしまった。
「こんな子供がよお、こんなになるまで……とんでもねえな、まったく」
再びごろりと体を動かして仰向けになり、エルダは目を閉じる。
そうして――「いや」と、言葉を続ける。
「とんでもないと言えば、あたしも相当なもんだろうな」
その表情は――自虐的な笑みで、歪んでいた。
「今回の仕事――スラブ・レボ森林を抜けるのには、ちっと手を焼きそうだ。最悪の場合、ラビスを死なせちまうかもしれねえ……ほんと、そうなっちまったら、とんでもねえよな、まったく」




