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ライン・メーカー  作者: 四国 ヘリ
炭鉱都市アフィスタ 第三地区
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炭鉱都市アフィスタ 第三地区 ⑧

「んあぁ……つっかれたー」


 建物から出たところで、エルダはラビスから手を放し、大きく伸びをした。


「まったくよお、ヤになっちゃうよなあ、ほんと。何なのかねえ、ほんと。どうしてお偉いさんってのはあんな面倒な奴が多いのかねえ。ほんとに……なあ、どう思うよ、ラビス」


「ど、どうって、言われても……す、すみません」


「……いや、謝るとこじゃねえぞ、それ」


 呆れた、というようにエルダはガックリと肩を落とす。


 それを見て、ラビスは慌てて頭を下げる。


「す、すみません。俺、その、わかんなくて……すみません」


「…………ああ、オーケーオーケー。良くはないけど、とりあえずはオーケーということにしておこう」


 ラビスの肩をぽんぽんと優しく叩きながら、エルダは言う。


「これから一緒に仕事をしていくんだ。まあ、のんびりいこうや」


「は、はあ……えっと、すみま――ふぐぉっ!」


 ラビスがまたも謝ろうとした――ところで。


 唐突に、エルダの手が弱気なラビスの口元に伸びてきて、邪魔をした。


「うん、早速だけど、前言撤回。我慢できない」


 目だけをニコニコと笑わせながら、エルダは言葉を続ける。


 彼女の額には、何本か青い筋が浮かび上がっていた。


「ラビス、これから――今から始めるぞ。これから不必要に謝るたびに、拳骨一発。いいな」


「ふぇ……ふぇっふぉ……」


「いいな」


「……ふぁ、ふぁい、ふみま――いでっ!」


「早速一発目。言葉に気をつけろよ、ラビス」


 と、エルダからそんな言葉を向けられるが、ラビスは何も答えることができない。


 痛い――とてつもなく、痛い。そして、前が見えない。頭上にエルダの拳骨が当たった瞬間、ラビスの目の前には無数の星々が輝いて――今もまだ、それらが消えていない。視界のおよそ半分を埋め尽くすほどの眩しい光が、すぐ目の前にある。


(な、何だ、これ……)


(この人、俺が知っているどの監督者よりも腕が細いのに……今までで、一番、痛い)


(今まで受けてきたどんな暴力よりも、この人の拳は……痛い)


(……お、おっかない……)


 無意識に、ラビスの体は震え始めていた。


 怖い、と思う。エルダのことを、ラビスは怖いと感じている。


 でも……その『怖い』は、これまで感じてきた『怖い』とは、何か違う気がした。第九地区での生活や、監督者からの暴力……そこから感じていた『怖い』とは別の何かが、エルダから感じる『怖い』には含まれている気がした。


「ほれ、いつまでそうしてんだよラビス。そんなことしてたら日が暮れちまうぞ」


「……は、はい……」


 弱々しくそれだけ答えて、ラビスは立ち上がる。


 すみません、という言葉は、出てこない。……出したくない。


「おし、そんじゃあ行くか」


「……い、行くって、どこに?」


「んー、そうだな。有言実行、ということで甘いもんでも……の、前に」


 と、エルダは唐突に、言葉を止める。


 そして……静かに、鼻をつまんだ。


「……うん、まずは……風呂だ」


「……風呂?」


「そう、風呂。……ラビス、お前、とんでもなく、臭うぞ」


 これじゃあどこの飲食店も入れてくれねえよ、とエルダは続ける。


「さっきまでいた部屋、芳香剤がきつかったから……鼻が麻痺してたんだな。うん、駄目。駄目だ。ラビス、お前、臭すぎ」


「そ、そうです、か」


「そうだよ。ということで、風呂行くぞ」


 そう言って、エルダはラビスの腕を掴み、強引に歩き出す。


 抵抗する間もない――ラビスは慌てて、エルダの歩調に合わせて足を動かす。


 未だに引いてくれない頭の痛みを気にしながら、ラビスはどうしたものかわからなくておろおろと助けを求めるように視線を色んなとこに向けて……そして、はっとなる。


「あっ……ちょ、ちょっと待って、ください」


「うん? 何だよラビス」


「いや、その……俺、今日の分の仕事、まだ、終えてないから……だから……」


 ぼそぼそとそう呟くラビスが見つめるのは……大きな門の、端。


 巨大な建物に入るために設けられた大きな門。その端に置かれている、汚い容器。


 ラビスが背負い続けてきた、もはや体の一部とも言えてしまうような……言いたくはないけれども、そう言えてしまうような、第九地区の労働者の仕事道具。


 回収容器。


「俺……だから、すみま――いっでぇ!」


「おいおい、ペース早えぞ、ラビス。そんなにあたしの拳骨が恋しいのかい?」


 そんなことはない。


 ラビスは、心の中で即答する。口からもその言葉を出したいが、頭が痛くて、出てこない。


「……い、いでえ……」


「ふふふ、そうだろう。痛いだろう。じゃあ、風呂行くぞ」


「で、でも、仕事が――」


「ラビス」


 と、エルダは力強く言う。


 視線をあちこちに彷徨わせていたラビスの両肩を正面から掴み、真っ直ぐに視線を向き合わせて、エルダは力強く――やさしく、言う。


「もう、いいんだ。お前はもう、あれを背負う必要はない」


「……な、なんで」


「権利を失ったからさ。ラビス、お前はもう、これまでの仕事をすることはできない。あれを背負う権利がない。第九地区……だっけか? お前が生活をしていたその地区にも、お前が帰る場所はもうない。なぜならば、あたしがお前のその権利を、すべて、買い取ったから」


「か、買い……取った?」


「そうだ」


 にやり、とエルダは笑う。


「ラビス。お前はもう、あたしのもんだ。言い方は悪いが、最悪に最低だが、人身売買ってやつだ。あたしはこの都市から、お前を買い取った。だからもう、ラビス……お前はもう、これまでの生活を続けることはできない。あたしと一緒に、仕事をする。それが、これからのお前の生活。お前の仕事だ」


「…………えっ」


「というわけで、いきなり所有者権利発動! 問答無用だ! 行くぞ、ラビス! 黙ってあたしについてこい!」


 そう言って、エルダは豪快に笑いながらラビスの尻をひっぱたくと、何の迷いもない足取りで進み始めた。


「うぉあ……ま、待って……」


 よろよろと、尻を擦りながらラビスはエルダを追いかける。


 いきなりすぎて……色々とわからないことがありすぎて、理解が追い付かない。ラビスはエルダの言ったことをよく理解できていない。……が、それでも、エルダについていかないといけない、ということは、なんとなくわかった。


(…………っ)


 少し歩いて……そして、気がつくと。


 ラビスはなぜか、立ち止まって振り向いてしまう。


 ぽつんと置き去りにされている、回収容器に目を向けてしまう。


(……そんなに進んでないのに、ずっと遠くにあるように見える)


(よく、わからないけど……いや、それよりも、早く追いかけないと、また尻を叩かれるよな)


(……それはもう、嫌だ……)


 そう考えて、ラビスはエルダの背中が見える方に向き直る。


 そして、再びよろよろと歩き出して――そして。




「――行くよ、俺」




 と、ラビスは、無意識に口からそんな言葉を、呟いていた。


 誰に向けて、何に向けて、何のために呟いたのか、わからない。呟いてから、どうしてこんなことを言ったのだろうと、ラビスは首を傾げてしまう。


 よく、わからない。




 ――けれど、なんだか、背中が軽くなったような、足取りが軽くなったような、そんな気がする。と、ラビスはそう思った。

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