炭鉱都市アフィスタ 第三地区 ⑤
立ち止まっているこの姿を監督者に見られたら、また制裁を受けてしまう。
そう気付いたところで、ラビスは女から視線を逸らし、仕事を再開することにした。
(しかし……どこから来た人だったのだろう)
次の回収ポイントに辿り着いたところで、背中に担いでいる容器を下ろす。
そして、その容器の中にごみ捨て場に溜まっている様々な種類のごみを回収しながら、ラビスは考える。
(アフィスタの人間では、ないはずだ)
(あんな服装は見たことないし……何より)
(あんな表情をすることのできる人間は、この都市にはいない……)
ごみをすべて回収し終えたところで、次は共同トイレへと向かう。
アフィスタの生活環境はそこまで整っているわけではない。特に水資源に乏しく、水道が整備されていないため、飲料水など家庭で使用する水は各地区に設置されている共用の貯水槽まで汲みに行かなければならないし、風呂は各地区に造られている共同浴場に入るしかない。
トイレが共同のものとなっているのは、その水資源に乏しいということが大きな要因だ。各家庭にトイレを設けられないわけではないが、そうすると、排泄物を流すなどして処理することができず、各家庭にそれら汚物が溜まるため、回収作業に手間がかかるようになる。また、それによって地域の生活臭が汚染される。故に、効率よく回収し、かつ地域の生活環境をできるだけ清潔に保つためには、共同にしたほうがよかった。
汚いものは一か所にまとめて、処理をする。
それはいかにもアフィスタらしい、やり方だった。
(監督者の中にああいう人がいてくれたら……もしそうだったら)
(この都市は、もっとまともになると思うのにな……)
共同トイレの裏に回り、壁から伸び出ているパイプの出口の近くに容器を設置して、壁に付いている弁を開く。ボドボドと溜められていた排泄物が流れ出てきて、それらが次は容器の中に溜まっていく。いつ見ても、何度見ても、気持ちの悪い光景だ。
(いつまで……俺は、こうやって過ごすのだろう)
(さっきも倒れてしまって……体も、心も限界で)
(……いつまで、耐えることができるのだろう)
パイプから排泄物が流れ出てこなくなったところで、弁を閉じる。
容器の中を確認すると、もうほとんど満杯だった。ラビスは容器に蓋をして固く閉じ、背中に担ぐ。何ともいえない独特な重み、そして蓋と容器の僅かな隙間から漏れてくる悪夢のように酷い臭いが、ラビスを襲う。
(一度……埋立てに行かないとだな)
なるべくこの酷さを意識しないようにと、そう考えながらラビスは歩き出す。
(……ほんと、この第三地区は、仕事量が多い)
(今までは、体が小さかったから……そこまで厳しくない地区の担当だった)
(少し前にここの担当になって……ここは、酷い)
(ほんとうに、酷い)
(仕事量……そして、人間)
(ここの人間は……今までの、他のどこよりも、酷い)
昼休憩の時間が終わりに近づいているため、街には労働者の姿が溢れていた。できるだけこの労働者達の視界に入らないように、ラビスは身を屈めて通りの端を進む。視線は地面へと向ける。
嫌な顔をされるのは、辛い。見たくない。
(どうして……誰も)
(おかしいと、思わないのだろう)
見下すような、軽蔑するような。
そんな視線を向けられているのを感じ取りながら、ラビスは埋立所へと向かう。
(この人達も、俺と同じように監督者から酷いことをされているはずなのに)
(労働者という、同じ立場なのに)
(同じような苦しみを、知っているはずなのに)
(それなのに)
(どうして……どうして、こんなにも酷いことができるのだろう)
下を向いて歩き続けて……埋立所に着いたところで、ラビスは容器の中のものをすべて穴の中へと落とし入れていく。
ボドボドと穴の中に溜まっていくそれの汚さを、この穴の中の汚さを知っている人間は、アフィスタにどれだけいるのだろう。
(自分がやられて嫌だと思うことを)
(その痛みを)
(知っているはずなのに……どうして)
(誰も、助けようとしてくれないのだろう)
(その痛みを知っていて、どうして、誰かを傷つけるようなことができるのだろう)
(ほんとうに……酷い)
(何で誰も、おかしいと思わないのだろう……)
仕事はまだ終わっていない。
容器の中が空になったところで蓋をして、ラビスはそれを背負う。
そして、また次の回収ポイントへと向かう。
(まったく……今日は、どうかしている)
ふと、その道中。
ラビスは、思った。
(どうしてしまったのだろう、今日は)
(何で……こんなことを)
(思ったところで、何も変わりはしないのに)
(むしろ、辛くなるだけなのに)
(どうして、こんなことばかり……考えてしまうのだろう)
その原因を、その理由を、ラビスはわかっていた。
――救いの手。
あれが……あの温かさが。
あの優しさが。
頭の中に、強く根を張っている。
忘れたくても、忘れられない。
だからなのだろう。
だから、いつもは考えないことを、考えないようにしていたことを、思ってしまうのだろう。
(……どうか、している)
(どうせ、何も変わりはしないのに……)
と――そう思った、瞬間。
第三地区に入って、次の回収ポイントに向かって通りの端を歩いていたところだった。
「おい、そこのごみ」
唐突に、声をかけられた。
顔を上げて、その声のした方を向くと……そこには、不機嫌そうな顔の監督者の姿。
「命令だ。……ついてこい」
それだけ言って、監督者は背中を向けてどこかへと歩いていく。
温かさも、優しさも、何もない空っぽの態度。
(……ほら、やっぱり)
命令通りに、ラビスは監督者の後を黙ってついて行く。
静かに瞼を閉じる。
(何も……変わりは、しないんだ)




