炭鉱都市アフィスタ 第三地区 ④
「……あり? 言葉、通じてない? もしくは間違って変なこと言ってた?」
未だに助けてもらったという現実を理解できず、ラビスがぼんやりとして何も反応を返せないでいると、女は困ったように眉を顰めた。
「少年、あたしの言ってることわかるかい? さっき道を訊いたときは……あのお兄さんには通じてたっぽいんだけど、ここら辺の言語のヌギラ語って発音が独特で難しいから……自信ないんだよねぇ」
後半は独り言を呟いているかのような、ぼそぼそとしたか細い声。
しかしそれでも、自信なさそうな顔つきではあったが、女は続けた。
「よし、も一回訊くけど……大丈夫かい、少年?」
「……え、あ……」
と。
ようやく――半ば無意識に。
ラビスは、言葉を返した。
「す……すみませんでした」
そう言って、ラビスは体に力を入れて立ち上がり、女から距離をとる。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
「すみません……俺、あの……すみませんでした」
頭で考える前に、勝手に口が言葉を放っていた。
言うべき言葉はもっと他にあるはずだった。しかし、ラビスには、わからなかった。助けてもらったことなどなかったから、何を言えばいいのか、わからなかった。
だから、反射的に。
よく使っている言葉を、ラビスは女に返していた。
「すみません、すみません……」
――第九地区の労働者。
最も低い身分の生活を続けていたラビスは、点呼の際の返事と、監督者に怒られた際に謝る言葉以外は、ほとんど知らなかった。
すみません――返すべき言葉は、それだけしか知らなかった。
「……いや、そんな謝られてもな……」
ラビスの反応を受けて、女は困惑していた。
「もしかして、この地域ではそういうのが感謝の示し方なのか? 普通はそんなんじゃないと思うんだけど……わっかんねえな、この辺の地域の文化ってやつは」
後半は、独り言を呟くような口調。
そして、続けて出した言葉も、自分に向けて言っているような、そんな口調だった。
「やっぱこの世界は、まだまだ知らないことばっかだねぇ」
へへへ、と面白そうに笑いながら、女は姿勢を正す。
ラビスは――そこでようやく、女の全体像を視界に捉えた。
年齢は、二十代半ばぐらいだろうか。高くも低くもない平均的な身長。大きくも小さくもない平均的な体格。探検家や冒険家を思わせるようなカーキ色の作業服を着ていて、一目でその使用年季が長いとわかるゴツいブーツを履いている。
背中には、大きなバックパック。何が入っているのかはわからないが、何を入れても問題なさそうな頑丈な仕様のものだとわかる。
日に焼けた精悍な顔立ち。
自信に満ちた目つき。
(……凄いな)
と、ラビスは心の中で呟いていた。
(こんな……こんなにも活力溢れる表情を浮かべられる人がいるなんて、知らなかった)
(どうやったら……こんな風に、なれるのだろう)
(……どうすれば、そんなに自信を持って生きられるのだろう)
いつの間にか、ラビスは謝ることをやめていた。
助けてもらったということすらも忘れて、ぼんやりと女を眺めていた。
ただただ、目の前の女が……羨ましいと、思った。
「な……何だよ、少年。そんなにあたしのこと見て、何か言いたいことでもあんのか?」
「あ、いえ、その……すみません」
「……ふうん?」
女は、ラビスの様子を見て首を傾げた。
それから何か考えるように目線を上に向けた……が、少しして、
「まあ、何はともあれ大丈夫そうだし、いっか」
と、そう言って、口元に笑みを浮かべた。
春に吹く風のような、そんな爽やかさのある笑みだった。
「うし。じゃ、あたしは行くわ。あんま無理はするなよ、少年」
続けてそう言って、女は片手を上げてその場から離れていく。
その後ろ姿を、ラビスは少しの間、眺め続けていた。




