不協和音の四重奏(カルテット)
入学して一週間、拓弥とは同じクラスで、登下校も一緒だ。智弘は、高校のある方角が反対だから、登下校どころか会えてすらいない。
「おはよー、由佳っ!」
教室に入ると、窓際の席に座ってこちらに手を振っている佳奈が目に入った。その前の席に座っているのは、佳奈の彼氏の健太。
私と拓弥は迷わずその方向に向かった。
「おっす、健太。朝からラブラブだなー。」
「おはよー、佳奈。あ、それ新しいグロス?すごく可愛い色。」
拓弥と健太は隣に座って楽しそうに喋っている。私は佳奈の隣に座り、佳奈の新品の濃いピンクのグロスを手に取った。
「そうなの、可愛いでしょ。一目惚れでさ、ちょっと高かったんだけど。由佳も付ける?」
そう言って佳奈は私に鏡を貸す。すると、こちらの話に興味があったのか、拓弥と健太が振り返った。
「お、由佳ちゃんもそのグロス付けるの?」
「えへへ、ちょっと付けてみよっかな。」
グロスのキャップを取ろうとすると、拓弥の手が伸びてきて、それを取り上げた。
「何するのよ。」
「由佳には、もっと優しい色の方が似合う。」
そう言って佳奈のポーチをごそごそと漁ると、優しいサクラ色のグロスを取り出した。
「由佳、口閉じて。」
「何で?」
「由佳、不器用じゃん。俺がやったほうが100%上手い。」
そう言ってニッと笑う。
「確かに、由佳不器用だよね。やってもらえば?」
佳奈はそう言ってケラケラと笑って私から鏡を取り上げた。
「は?自分でやるからっ!」
拓弥の手からグロスを取り上げようとすると、拓弥の手が伸びてきて私の顎を掴んだ。
拓弥は有無を言わさずグロスを塗り始め、私はどうすることもできず拓弥の顔を眺めていた。男にしては長いまつげ。少しクセのある茶色がかった髪。ゴツゴツしてなくてきれいな手が何だか色っぽくて不覚にもドキドキしてしまう。
「はい、終わり。」
「うわ、上手っ!」
佳奈と健太の声が重なる。鏡で確認すると、確かにきれいに塗られていた。
「まあ、拓弥は彼女が絶えないしね。」
「え、拓弥くんってチャラいの?」
「そっか、佳奈は中学のころの拓弥を知らないんだ。」
健太と佳奈は同じ中学で、ずっと付き合っている。健太と拓弥は同じサッカーのチームに入っていて小学校のころから友達。佳奈と私は入学式の日に仲良くなった。
「俺のことはいいだろ。それより由佳、課題写させて。」
「はいはい。」
「サンキュー。」
こんなやりとりをする毎日。智弘がいないのは寂しかったけど、四人でいるときの充実感も好きだった。
「そーいえばさ、由佳と拓弥くんって付き合ってるの?」
どきりとした。その理由は分からない。
「付き合ってたよ。」
拓弥が真面目な顔で答える。
「それは昔の話でしょ。私、今は他に彼氏がいるもん。」
そう言った途端、拓弥が席を立った。
「トイレ。」
何か怒ってる?
佳奈は健太と楽しそうに喋り出したけれど、私は会話に入ることが出来ず、拓弥の後ろ姿をずっと見つめていた。