前奏曲(プレリュード)
ひらりと舞い落ちる花びら。
卒業の季節、私は、1人校門の前で彼を待っていた。
中学3年、高校受験。私は彼と同じ県内屈指の進学校である緑玉高校を受験した。結果発表の日、合格する自信は人一倍あったので、半ば浮かれながら自分の番号を探し、すぐに見つけた。
「あ、あったー!智弘もあった?」
異変には、すぐ気づいた。彼、智弘が固まっている。智弘は私の何倍も努力して、人望のある生徒会長で、誰からも合格間違いなしと言われていたのだから、落ちるなんてことはない……はずだった。
「……ない。」
「え……。」
慌てて智弘の番号を探す。だが、見つからない。
「嘘、嘘だよ。何かの間違いだよ。だって智弘は、私より成績も良かったし、落ちるなんてありえな い……。」
「……落ちたんだよ、俺は。」
智弘は、悲痛な声で呟いた。無理やり笑顔をつくっているのは、きっと私を悲しませないためなのだろうが、その引きつった笑顔に胸がチクりと痛んだ。智弘は泣かなかった。それが返って痛々しくて、私は耐えきれず泣いてしまった。
「泣かないで、由佳。合格、おめでとう。」
どうして、彼はこんなにも優しいのだろう。
「うん……ありがとう。」
その衝撃的な合格発表から一週間。卒業式を明日に控えた私は、 教室に忘れ物をしたという彼を待っていた。
智弘は家に帰ってから相当落ち込んだらしい、というのを友達の拓弥から聞いた。拓弥も緑玉高校を受験し合格したので、智弘のことはショックだったと言っていた。私達ま3人は、幼稚園からずっと一緒で、生徒会も3人揃ってやっていた。
智弘と付き合いだしたのは三年生になってからで、2人で勉強会を開いたり、塾に行ったりして、常に一緒に合格を夢見ていた。
思わず溜め息が漏れる。
「何暗い顔してんの?」
話しかけてきたのは拓弥だった。
拓弥は智弘とは正反対の性格で、努力が嫌いな天才肌。それでも人から好かれるのは、お調子者で人懐っこいからだろう。容姿にも恵まれていて、彼女がいなかったのは受験シーズンだけだ。実は、私も二年生のとき拓弥と付き合っていた。
「五月蝿い。拓弥、彼女と帰らなくていいの?美雪ちゃんと付き合ってるんでしょ?」
「残念、彼女とはもう別れました。5日間の恋でした。」
そう言いながらニヤッと笑う。拓弥はモテるが、長く誰かと付き合うことができない。本人曰わく、退屈になってしまう、らしい。
「また5日なんだ。もう少し長く付き合う努力をしたら?」
「どうせ高校違うんだし、今別れたほうがいいじゃん。お前は智弘といつまで付き合うの?」
ドクンっと心臓が鳴る。いつの間にか拓弥の目は真剣になっていた。拓弥は彼なりに心配しているのだろう。智弘のすべり止めの高校は、緑玉高校から遠い。今みたいに毎日会うことは出来ないだろう。
「いつまでも。高校が違ったって私は智弘が好きだもん。」
一瞬、拓弥の顔が曇った気がした。だが、それは一瞬ですぐにこやかな笑顔に変わった。
「お前ら、本当にラブラブだな。じゃあ、邪魔者は退散しますよ。」
気づくと私の後ろに智弘がいた。
「今の話、聞いてた?」
「うん、聞こえちゃった。」
そう言ってニコりと笑う。私は恥ずかしくなって顔が真っ赤になった。
「俺も由佳と同じだ。高校が離れても、由佳が好きだから。」
智弘はいつもそうやって私に嬉しい言葉をくれる。そんな智弘が好きだったから、告白されたときはすぐに返事をしたのを覚えている。
「じゃあ、帰ろうか。」
「うん。」
この優しい時間も、高校生になったらなくなってしまうのだろうか。そんな不安が胸をよぎった。