桜花
一般に思春期といわれる時期。人間は様々な問題を抱えるものだ。
それは人生に関わる重大なものから、ほんの些細な――それでも本人にしてみれば重大なことまで様々だ。
例えば、自分が何か特別な存在なのではないかと想像してみる。
逆に何故自分はこんなくだらない人間なのかと考えてみる。
自分の場合は後者だった。目の前のこいつもそうらしい。
「死にたい」
「朝から何物騒なこと言ってんだ」
目の前の女はクラスメイトの浅木 夢。高校に入学してまだ数ヶ月。新たな友人の一人だこの女は少々変だ。クラスに一人や二人変わり者はいる。それは認めよう。
ここまで露骨だと考え物だが。
「あぁ〜、死にたい。もう死にたい。いっそ鳥になりたい」
「今日はどんな理由で?」
「晩御飯に嫌いなナスがでるから」
ずびしっ
「痛い・・・」
「とりあえず全国の苦しくて自殺した人たちに謝っておけ」
だらしなく机に突っ伏した頭に喝を入れ、古田 直弥とかかれた自分の席に座る。
席がとなりなので、嫌でもこいつの愚痴を聞く事になる。
まぁ、別に嫌ではないからいいが。
「あぁ、こんな退屈な日常はつまらない。Give me 変化」
「なら援交でもしたまえ、中年のおじ様とスリリングな生活が出来るぞ」
「そんな不健全な変化は望んでいないなぁ」
夢は突然顔を上げると、指を天井にむける。
「隕石でも落ちてこないかなぁ」
「北朝鮮辺りに落ちて欲しいよな」
「誰かUFOにアブダクションされないかな」
「生徒指導の中村あたりされて欲しいな」
なんとも罰当たりな会話をしながら時間をつぶす。
これがいつもの日課だ。何の変哲も無い日常生活。
決して嫌いなわけではない。恵まれているかといわれれば、かなり恵まれている部類にはいるだろう。生活に何の問題もなく、飢えて死ぬなんてありえない。
だが今の生活が好きかといわれると、素直には頷けない。
自分勝手な言い分だが、つまりは飽きてきたのだ。
多少の刺激を求めるのは人間として当然の欲求であり、多感な中高生となれば尚更だ。
そのはけ口を何に向けるかは個人の自由な訳で、恋愛か、はたまたグレてみるか。
「桜。散っちゃったねぇ」
言われて顔を向けると、夢は肘をついて窓の外を眺めている。
その視線の先には、先週までは満開だった桜並木が並んでいる。
この学校の自慢の一つらしく、一年に何回か、この桜を交えた校長の長々とした話が披露されている。だが、話が無駄に長い分。ありがたみも比例して下がっていく気がする。
桜はもう完全に散ってしまっていて、青々とした葉がついていた。
「ねぇ、何で桜って散るのかな?」
「何でと言われても・・・桜の自由だろ」
「コラ。もうちょっと考えて答えなさいよ」
仕方ないので腕を組んで考えるふりをする。
桜が散る理由なんてそんなもの
「考えても答えがないじゃないか。桜に直接聞くわけにも行かないだろう」
「ホラホラ、いいから考える」
こいつはよくこの手の質問をする。答えが無くて、抽象的で。
大抵の奴は、めんどくさい奴だなって避けるか、軽くスルーする。
だが、以前に比べるとだいぶまともな質問だ。
この前なんか、何故ゴキブリは嫌われるのか談義で一日丸々使ってしまった。
曰く、生命力が強く、油光りし、素早く動き、狙ったように現れるからということで一件落着した。
考えるふり意外と苦しくなってきたので、適当に答えることにした。
「多分、花びらが飛ばされると、その分遠くまで届く訳だ。それで、匂いや花を目印に飛んでいる虫達をおびき寄せてるんじゃないか?」
「ふ〜ん、なんか現実的でつまんない」
「どうせ夢の無い男だよ俺は。っでそっちの考えは?」
わたしはねぇ、と呟いて少し考える。
「誰かに見て欲しいからじゃないかな」
「はぁ?」
随分とメルヘンな回答が帰ってきたもんだ。
予想をいろんな意味で裏切ってくれた張本人は、何が楽しいのか笑いながら口を開く。
「散ったらそれだけ、たくさんの人の目に付くでしょ? それで、自分はここにいるぞって自己主張してるのよ。と思ったりした訳デス」
「却下だな」
「なんでよ」
「高校生が不思議の国してどうする」
夢は一変して不機嫌になり、そのまま机に突っ伏してふて寝してしまった。
まるでネコみたいなやつだなと以前に言ったことがある。
そのときはなにを勘違いしてか、えっ、私ってそんなに可愛く見える、とかほざいてたから脳天にチョップしといた。
別に俺はくだらない人間かもしれないし、日常もつまらないくらい日常だけども。
最近は悪くないんじゃないかと思ってる。
桜並に自己主張の激しい女はふて寝していても暇らしく、さっきからチラチラこちらを伺っている。仕方ないからこれからも日常を満喫することにしよう。
窓の外では葉っぱだけになった桜がゆらゆらと、まるでかまって欲しいかのように揺れていた。
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