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世界は記録と神様と  作者: 3608
日常は脆い
8/8

報告とお誘い

「透明な《歪みディスト》の次は人の姿をした《歪みディスト》か、しかも出現場所は《瞬間の世界モーメント》ときたものだ、まったく……」

 

 学長さんはうんざりといったふうにため息をついた。

 

 あの後、俺とエーテルとナナは女教師さんと一緒に学長室に訪れていた。学長さんが来たのは途中からだったので一から何があったのかを報告するためだ。


「お前たちの世界を見つけてからおかしなことばかり起こるな。お前たちが原因じゃないのか?」


 ジロリ。


「いやいやいや! 別に何もしてませんって!」


「冗談だ」

 

 あなたが言うと冗談に聞こえません。

 

 だけど、気持ちは分からなくもない。

 

 あの人の姿をした《歪みディスト》のことはやはりよく分からないらしい。俺の世界が見つけられてからおかしなことが起こるのも事実みたいだ。


「まあしかし、分からないことに関して議論を重ねても無駄だろう。それよりも、エーテルと協力しての《歪みディスト》の撃退感謝する」

 

 そう言って頭を下げられた。


「いやあの……必要だったからやっただけでそんなに感謝されることじゃ……」


「そうか? ならやめよう」

 

 早っ。そう言ってすぐに頭を上げてきた。頭が堅い人でもないみたいだ。

 すると女教師さんが、


「それにしても、あの程度の魔法でよくあの《歪みディスト》を倒せたわね~」

 

 エーテルも続いて、


「確かに、呪文スペルも短いものばかりで、詠唱時間の割には威力も大したことはありませんでしたし」


「はは……」

 

 こういう時どんな反応すればいいんだろ。貶されてるんだろうけど、魔法の事で貶されても……。


「やっぱりあの大きな爆発が大きかったわね~」


「しかし、あのような爆発の術式をいつの間に組んでいたんですか?」


「ああ、あれは――――」  

 

 魔法じゃないよと言う前に、


「そのことだが」

 

 と学長さんの真剣そうな言葉に遮られた。


「あの爆発は魔法で起こしたものではないな?」


「はい、そうですけど」

 

 嘘を言っても意味がないので正直に答えた。


「「えっ……?」」


「ん………?」 


 ありのままに答えたつもりだったのに何でそこで唖然とする?


「どういったものか聞いても構わないか?」


「はい、構いませんけど。空気中の酸素と窒素と水素、それと燃やした木の炭素を使って魔法で組み替えてニトログリセリンっていう物質を――――」


「いや、もういい」

 

 途中で止められた。

 ふと見てみるとエーテルも女教師さんも、さらには学長さんも俺が何を言ってるのかわからないって顔をしてる。


「正直、私は最初からお前が何を言っているのか全く理解できなかった。そっちの二人も同じだろう?」

 

 エーテルと女教師さんは二人ともそれを首肯した。


「少なくとも、私の知っている魔学の知識にはそんな技術は無い。もしかすると、あれは魔学とは全く別の技術なのではないか?」


「はい、あれを作ったのは魔法ですけど、知識の分類で言えばあれは科学の知識です。あと、さっきから気になっていたんですけど、魔学って一体何なんですか?」

 

 その言葉で、エーテルと女教師さんが絶句していた。


「魔学を知らない? あなたの世界はそこまで文明が古いのですか?」

 

 そう言いながらもエーテルの声には本当にそう思ってはいないように感じた。

 

 それに答えたのは俺じゃなくて学長さんだった。


「私もにわかには信じがたいが、恐らく魔学とは別の――――科学といったか。その技術で発展した世界なんだろう」

 

 全くそのとおりだ。というより、こっちからしてみたら科学とは別の技術で発達した世界というのが信じられない。

 

 俺のその通りだと言う態度が伝わったのかエーテルは呆然といった表情になった。


「だがそれだと、お前は魔学を知らないのに魔法を使ったという事になるのだがそれはどういうことだ?」


「それは俺にもよく分からないんですけど、なんか魔法に関することを夢で見たんですよ。あの時それを思い出して一か八かやってみたんです」


「夢だと? そんな曖昧なものに賭けたのか。かなりの度胸だな」

 

 声色に変化は無いけれどこちらを褒めてくれているのは確かなので少し気恥ずかしい。


「それで魔学も知らないのに魔法を使えたことにも説明がつくな。ああ、忘れていたが魔学についてだ。魔学というのは魔力を主なエネルギーとして発達した技術だ。多くの世界が魔学の恩恵を受けている」

 

 ふむふむ、すごく抽象的だけど科学とは全く違うということは分かった。

 

「お前の世界のことはおおやけにしない方がいいかもしれんな」

 

「えっ? 何でですか?」 


 普通新しい技術を見つけたらむしろ積極的に公表しようとすると思うんだけど……。


「魔学とはまったく別の技術。そんなものの存在を知れば世の中が完全に変わってしまう。それを私利私欲の為に利用する輩も現れるだろうし、国も動くだろう。少なくともこの国のあのクソジジイは技術を独占して、もしかしたら他世界に戦いを仕掛けるかもしれん」

 

 ん? エーテルがクソジジイのフレーズで顔を引き攣らせたぞ? クソジジイって誰のことだ?

 

「学長、国王のことをそんな風に言ったら不敬罪ですよ~」

 

 国王!? この人国王をクソジジイ呼ばわりしたのか……。


「それに、お前の世界で魔学が存在せずに別の技術で発達しているのなら、魔学を伝えてしまうと、世界が混乱してしまうのではないか?」

 

 そう言われてもし俺の世界に魔学が伝えられたらと想像してみる。

 

 まず空想であるはずの魔法を操る技術が発表された瞬間、世界が騒然とするだろうな。もしかしたら、信じてもらえないかもしれない。けれど目の前で魔法でも使って見せれば信じざるを得ないと思う。

 

 その後は、多分技術の取り合いになると思う。

 

 そして、力を手に入れすぎたら下手をしたら戦いが起こってしまうこともありうる。その他にもいろんな影響を受けるかもしれない。

 

 いい方向に転ぶ可能性も無くは無いけれど、俺はそこまでの変化は望まない。  


「はい、俺も自分の世界が変わるのは望みません。あと、この子の事も出来れば。今は普通の人間とあまり変わらないみたいですし、普通の女の子として生活させてあげたいんです」

 

 せっかく普通の人間として生きていこうとしても、この子の事を知られたらまた狙われるかもしれない。


「よし。それでは科学という技術、それからその少女に関することもここにいる五人以外には他言無用だ。といっても、何処まで隠せるかは分からないがな。あの戦闘は目立ちすぎたからな。感づく者がいないとも限らん。だが出来る限りのことはしよう」


「はい、お願いします」

 

 ふう、これでやっと全部が終わったような気がする。

 家に帰って今まで通り――――いや、ナナがいるか。ナナも入れて今まで通りの生活に戻ろう。


「それはそうとして、一つ提案がある」

 

 ん? まだ何かあるのか? それと、口の端がつりあがってほんの少し笑みを浮かべているのがたまらなく不安なのですが。


「日比谷蓮。総合魔学学院ラーンズに編入しないか?」


「…………はい?」

 

 空耳かな、なんかとんでもない誘いを受けたような……。


「だから総合魔学学院ラーンズに編入しないかと聞いている」

 

 空耳じゃなかった。


「あのーー。一応理由を伺ってよろしいでしょうか?」


「ふむ、強いて言うなら………何となくだろうか」


「申し訳ないですが――――――」


「理由を挙げるなら、あの戦いを見てこのまま帰すのが惜しくなった。そちらの世界のことは秘密にはするがつながりは残しておきたい。実は最近人手不足で困っているなどがあるが?」 

 

 俺、だんだんこの人のことが分かんなくなってきた。最初は厳しそうと思ってただけだけど、冗談を言ったりしてまったく掴みどころがない。俺を総合魔学学院ラーンズとやらに誘っているのは本気みたいだけど……。


「けど編入っていっても俺は元の世界で学校に通ってるんですけど……」


「その点なら心配するな。総合魔学学院ラーンズでは基本的に何人かいる教師の教えを好きに受けれる方式で開始の時間さえ守ればいつでも好きなときに授業に参加できる。一応管理をやりやすくするためにクラスには所属してもらうがな」


「けど、俺にもう一つの学校に編入できるほどの金はないんですけど……。それにこの子のこともあるし……」


「ならば、そちらの少女も一緒に編入するといい。もしかしたら何かのひょうしに能力ちからが復活するかもしれん。安心しろ、必要な金額は全てこちらが持つ」

 

 そんな勝手に決めていいことなのか? ほかの二人は呆れ顔だけど、何も言わないのはこの人が全権を握ってるからなのかもしれない。


「けど、俺って生活厳しくてバイトとかでほとんど時間がないんですけど」


「ふむ………。バイトとは仕事のことだな? 仕事とは生活のためにするものだろう?」

 

 ……? 何を当たり前のことを。


「ここはお前が思っているよりも有名な魔学学校でな。色々と金がある。どれくらいかと言えばここの食堂で代金をもらう必要がないくらいに」

 

 ぴく。


「それに、依頼クエストをこなせばその分の賃金を得ることができる。この世界の通貨だが、貴金属にでも変えればそちらの世界でも価値のあるものになるだろう?」

 

 ぴくぴく。


「更に言うなら、魔学のことを話してからお前が魔学のことを知りたそうにしていたのは私の気のせいか?」


「う……」

 

 俺が理科が得意なのはそれに興味があってそのことを学ぶのが楽しいからだ。そして魔学という科学とは全く別の技術に興味がわかないわけがない。


「技術を伝えるのはダメでも学びたいのなら学ばせてやるぞ。お前は魔学を学びたいんだろう?」

 

 ああ、もう断る理由が何一つ思い浮かばない。


「……お願いします」

 

 俺のこの言葉を聞いて、学長さんは最初の印象からは考えられない――――イタズラが成功した子供のような顔をした。エーテルと女教師さんは諦めたように嘆息した。


「それでは、ひとまず今日は家に帰るといい。そろそろ空間移動装置ポータルが繋がっている頃だろう」


「………あ」

 

 突然女教師さんが声を上げた。そして言いにくそうに。


「あの~。その事なんですけど、何度か試してみたけど、どうしてもあの世界に繋ぐことができなかったそうです……」

 

 …………………………………………………………。


「あの…………それって元の世界に帰れないってことです……よね?」


「そういうことになりますね~」


「…………」

 

 そんなあっさりと……。


「し、しかし今は無理というだけでいずれ出来るようになる………かもしれませんよ?」

 エーテル、慰めてくれてるのは分かるけど、全く慰めにならないぞ?

 

 ………どうしよう。

 

 元の世界に帰れない。その内なんとかなるという保証もない。もしかしたら、一生帰れないかもしれない。この世界の住人になるしかないのか? 晶たちにお別れを言うべきだったかな? この世界でどうやって暮らしていこう。

 

 そうやって混乱していると服を引っ張られる感触がした。振り向いてみると今まで無言だったナナが俺の服を引っ張って見上げていた。


「……帰りたい?」


「あ、ああ。でも帰る手段が――――」


「……座標を指定。空間跳躍開始」


「え?」 

 

 一瞬少女の周りの重力が消えたように少女の服や髪が浮かんだと思うと、次の瞬間にはさっきまでいた学長室ではなく俺の家に俺とナナはいた。


「!?!?」


「……私に残っていた能力ちからの一つ。あの世界からこの世界へ空間を跳躍してきた」


「そ、そうか。何か急でびっくりしてさ」

 

 本当に一瞬だったからな。いきなり自分が違う場所に移動したら誰だって驚くだろう。

 

 けど、いきなりだったからあれ以上話せなかったな。必要な話は終わってたけど、何があったかは伝えるべきかな。


「なあ、またあの場所へ跳べるか?」


「……推奨はできない」


「何で?」


「機能の大半を失った私では連続の空間跳躍は難しい」


「そうか。う~ん、しかたないな。またあそこにいくのは明日にしようか。それに、今日は疲れた」


「……そう」


 今日は色々ありすぎたからな。ひとまずグッスリ寝たい。

 俺が寝る準備をしようとするとナナは何か言いたそうに俺を見ていた。


「ん? どうかしたか?」


 少女は応えることなく俺の部屋を見回している。なんと言ったらいいのか分からないように。


 ……ああ。


「帰ってきたときは『ただいま』だぞ」


「……ただいま」  


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