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世界は記録と神様と  作者: 3608
日常は脆い
7/8

戦闘と魔法

 目の前にいる《歪みディスト》は俺より少し背が高く藍色をベースにした騎士のような服を着ていてその手には大きな剣を持っている。

 

 つまり、見た目は完全に人間だ。

 

 《歪みディスト》というのは化け物だと思っていたので人の形で出現したこいつには少し驚いた。

 

 しかし、《歪みディスト》というものをよく知っているらしい人物にとっては少し驚いたでは済まされないことらしい。

 

 隣でエーテルは驚愕の表情で固まっていた。

 少女は相変わらずだ。

 

 意識を前に向けると、目の前の《歪みディスト》は何故か少女の方を見ていた。


「貴様が《代行者》か?」

 

 その言葉で反射的に身構えた。 

 

 何でそのことを知っているのかとか、喋ってきたことに驚いたとか、そんなことは後回しだ。

 

 こいつは敵だ。直感でそう思った、油断するわけには行かない。

 

 エーテルも同じ考えなんだろう。いつの間にか双銃を出して相手の様子を伺っていた。

 俺も相手の様子をよく伺った。

 俺に何が出来るってわけでもないけれど、相手が人の形をしているなら、避けるくらいは多分出来るだろう。

 

 しかし、予想に反して目の前の《歪みディスト》はその場から動かない。どうやら、さっきの問いに答えるのを待っているみたいだ。


「……(こくん)」


「確認した」

 

 《歪みディスト》は少女の肯定を確認すると、何も警戒せずゆっくりとこちらに近づいてきた。


「この……!」

 

 エーテルが銃で撃退しようとしたが、こいつはそれを手に持っている剣で苦もなく防いだ。


「……まじかよ」 

 

 こいつ……俺たちの事なんか意にも介してねえ。

 

 エーテルは銃を何度も撃つがすべて防がれている。まるで俺たちのことは眼中にないように。

 

 段々近づいて俺たちとの距離が15メートルを切った辺りで《歪みディスト》は手に持っていた剣を振りかぶり、目にも留まらぬ速さで振り下ろし、衝撃波が俺たちを襲った。


「ぐっ……!」「うぁ……!」

 

 予想外の攻撃に耐え切れず俺とエーテルはその場から吹き飛ばされてしまった。

 

 すぐに起き上がって見た先では《歪みディスト》が少女の目の前まで迫っていた。

 

 しかし突然、


「紅蓮はたぎる。全てを灰燼と化すその時まで。焼き尽す!」

 

 何処からともなく呪文スペルが聞こえてきたと思うと、巨大な火球が《歪みディスト》に向かって飛んできた。


「…………」

 

 しかし、《歪みディスト》はあわてる様子もなく口を動かして何かを呟き、剣を振ると透明な壁のようなものが現れ、火球はそれに当たると吸い込まれるように消えてしまった。

 

 火球が飛んできた方を見てみると、さっきの女教師さんが立っていた。多分騒がしいと思ってきてみたら異常事態になっていたので、ひとまず攻撃したと言うところだろう。 

 

 《歪みディスト》はそちらの方をチラリと見ると、また口の中で何かを呟き、剣を振った。

 するとさっき出てきた透明な壁が今度は俺たちをグルリと囲むように現れた。

 

 女教師さんはその壁に火球を打ち続けるけど全て吸い込まれるように消えてしまう。これで外からの助けは期待できなくなった。

 

 《歪みディスト》は少女の方に向き直ると、


「来て貰おう。我のいた世界の《記録》を変えるために」


「…………」

 

 あろうことか少女は《歪みディスト》に付いて行こうとしていた。 

 

 意味はよく分からないけど、少なくともあいつの言っていることは良いことではないのは分かる。

 それに、少女は言っていた、《記録》を初めとする能力ちからはほとんど残っていないと。それが知られたら何をされるか分からない。危険すぎる。

 

 歩き出す前に少女はゆっくり振り返って、


「……この《歪みディスト》に抗うことは現在の状況では不可能。従うのが合理的」

 

 さっきと同じように淡々と。

 

 少女はそれだけ言ってまた歩き出した。

 

 もうこちらに振り向かずに。

 

 行ってしまう。

 

 ここで少女を行かせてしまったらもう二度と会えなくなってしまう。そんな気がした。


「―――――っ」

 

 呼び止めようとしたけれど出来なかった。

 

 なんて呼び止めればいい?

 

 俺はあの子の名前を知らない……いや、あの子には名前がないんだったっけ。

 

 名前を呼ぶことは出来ない。

 

 悩んでいる間に少女はどんどん行ってしまう。

 

 考えろ。考えるんだ。少女を呼び止めることが出来る言葉を……。

 

 俺は少女とのやり取りを頭の中から引っ張り出して――――見つけた。

 

 この言葉は少しずるいかもしれない。

 

 でも、少女をいかせるわけにはいかない。だって―――――




「俺はまだ約束を果たしてねえし、恩も返してねぇっ!!」




 ピタリと、

 

 少女の歩みが止まった。

 

 こちらを向いてはくれなかったけど、確かに止まってくれた。


「俺はお前と交わした『お前を笑顔にする』っていう約束をまだ守ってねえ。まだお前クスリとも笑ってねえじゃねえか。それに俺はまだお前にまだ何にも恩を返してない。俺にとっては恩返しと約束っていうのは生き方そのものって言うくらい大事なものなんだ。それを破ったら俺は俺でなくなっちまうんだ。だからさ、恩を返させてくれよ。約束守らせてくれよ」

 

 少女は何も言わない、けれど、歩いていこうともしない。

 

 その態度で返答は分かりきっていた。

 

 あとは、


「目的の障害になるものは排除する」

 

 この《歪みディスト》を何とかすれば万事解決ってわけだ。

 けど、どーしよかなー。格好つけたけど普通にやって俺がこいつを撃退できるはずがない、さっきからの様子を見る限りおそらく―――というか確実に―――エーテルでも。

 

 向こうにある透明な壁の方を見てみる。

 

 さっきの女教師さんは何度も呪文スペルを唱えて炎で攻撃しているけれど全て吸い込まれて消えてしまっている。

 

 すると空から学長さんも飛んでやって来た。多分風か何かの魔法か何かで飛んできたんだろう。けれど、すぐにあの壁を破れるとは限らない。

 

 どうにかして中にいる俺たちで対処するしかない。

 

 俺に武器はない。あったとしてもこいつに対抗できるとは思えない。

 

 エーテルは吹き飛ばされた先で気を失っている。彼女を起こしている暇はない。


「くそっ……せめて俺に魔法でも使えれば………………………………魔法?」

 

 もう一度壁の向こうを見てみる。

 

 学長さんと女教師さんは連続での攻撃で壁を破ろうとしていた。教師と学長だけあって呪文スペルの長さに比べて魔方陣の規模は大きいし、構造も複雑だ。

 

 でも今は、そこが問題じゃない。何で俺は魔法についての事を知っている?

 

 あの二人の魔法の力量はかなりのものだ。けれど、魔法のことを知らない俺が何でそんなことが分かる?


『魔法を使うだけなら誰しもが使うことが出来る。一言程度の呪文スペルで簡単に出来る。そして、長い呪文スペルを唱え、方陣などによって制御し、コントロールするのが魔法士と呼ばれるもので……』


 ふと頭の中に何かの知識がわいてきた、まるで忘れていたことを思い出すように。


(……これは何の記憶だ?) 

 

 必死に記憶の糸をたどってみる――――そしてふと思い出した。 


(そうか……夢だ!)

 

 全く気にしてなかったけど、間違いなく夢で見たときの記憶だ。

 

 細かい事を覚えているわけじゃないけど、あの魔法を見る限り彼女たちが使っている魔法というものはおそらく俺の知っている魔法の知識と全く同じだ。

 

 何故というのはやっぱり後回しだ。

 

 もしかしたら何とかできるかもしれない。

 

 思い出せ、夢の内容を。


『魔法を使うのに大切な事は自分の中に魔力があると言う事をしっかりと意識する事で……』 


 いいぞ、思い出してきた。けど、魔力なんて俺の中にあるのか?

 いや、今はそれにかけるしかない。魔力があるかないかなんて考えてる暇はない。

 魔力がどういったものなのかは思い出せない、けれど魔力があるってことをしっかり意識するんだ。あとは呪文スペルを唱えるだけだ。


呪文スペルには決まったものがあるわけではない。起こしたい現象を言葉にすることで、魔力を使ってその現象を体現することができ……』

 

 その知識のとおり、起こしたい現象を思い浮かべそれを呪文スペルにする。


「風よ吹き荒れ敵を薙げ!」

 

 俺が呪文スペルを唱えると目の前に文字が浮かび上がってきた。

 

 分かる、これは唱えた呪文スペルが魔力を消費して実体化したものだ。つまり……俺にも魔法が使えたということだ。

 文字スペルから風が吹き、刃となって《歪みディスト》に襲い掛かる。


「ちっ……」

 

 しかし、それを持っていた剣で振り払われた。

 

 思い出した、魔法は出てきた文字スペルを方陣とかで制御して初めて大きな規模のものが出せるんだった。それと、詠唱の長さにも比例するんだっけか。

 

 知識はあっても、俺に方陣で制御するという技術はない。

 

 それに、俺はそこまで長い(スペル)を思い浮かべることが出来ない。こんな所で文系が苦手なのが裏目に出たか……。


「だったら次の手を考えたらいい」

 

 俺にあるのは魔法の知識だけじゃない。

 むしろ、俺の持っている知識はそっちがかなりを占めている……科学の知識が。


「火よ燃え盛れ!」

 

 出て来た文字スペルから今度は火の魔法を撃つ。

 方陣での制御が出来ない俺の火の魔法じゃ向こうの女教師さんの魔法には全く及ばない。

 

 けれどいい、今度の火は敵を倒すためのものじゃない。

 

 俺が撃った火は《歪みディスト》から外れて中庭にある木の内の一つに当たった。


「排除する」

 

 《歪みディスト》が俺に向かって突っ込んできた。


「うおっ……!?」 

 

 それをギリギリで避ける。

 

 相手の動きが凄くても真っ直ぐに突っ込んでくるだけなら避けれる。動きは凄いけど、こいつには戦略というものはないみたいだ。

 

 攻撃を避けたその足で先ほど燃えた木の所まで走る。


「物質は組み変わる。その姿を変え、新たに生み出す!」

 

 頭の中でその物質を思い浮かべる。空気中から窒素、水素、酸素を。燃えてしまった木から炭素を材料にして魔法で作り変える。

 

 俺のつたない魔法じゃ直接目的のものを生成するのは無理だからその材料になるものを順に生成していく。

 生成に必要な条件は魔法の力である程度無視することが出来る。後は出来る限りの魔力で反応を早めることしか出来ない。

 

 《歪みディスト》がこっちに向かってきた。

 

 黙って見てくれるとは思ってなかったので文字スペルをその場に残してまた避ける。

 

 魔法での生成が終わるまで時間を稼がないといけない。それまでに俺が生きているかな?

 俺の魔法は威力がないのでチョコチョコと攻撃を続ける。攻撃は全く聞かず、全て剣で払われるか防がれている。

 

 相手は俺の攻撃の合い間に一気に突進して切り払ってくる。俺はそれを避ける。

 

 攻撃と回避を何度も何度も繰り返す。

 

 こいつの攻撃は一直線でフェイントもくそもないので避けるのはそう難しくない。

 

 けれど、俺は体力が無限にあるわけじゃない。それに、一度でも攻撃を食らってしまうとその怪我が元で負けてしまう、運が悪ければ即死かもしれない。これは精神的にもきつい……。

 

 そして、さらに攻撃と回避を繰り返しているとさすがにきつくなってきた。

 

 《歪みディスト》が突進してこようとしている。また避け―――――


「げっ…………」

 

 足にきていたのか避けようとして体のバランスを崩してしまった。

 

 《歪みディスト》が迫ってきている。このままじゃ避けられない。

 

 剣が振り下ろされようとしている―――――――が結局振り下ろされることはなかった。 

 

 忘れてたな………この中にもう一人いたのを。

 

 《歪みディスト》の剣は俺のいるところとは別の方向に振られていた。

 

 その隙に俺は距離をとった。

 

 こいつが剣を構えている先を見る。

 

 いつの間にか目を覚ましていたエーテルに向かって俺は親指を立てて、


「ナイスフォロー!」

 

 とだけ言っておいた。

 

 向こうもフッと笑っただけで返してきた。今はそれだけで十分だ。

 

 そして文字(スペル)の方を見るとやっと生成が完了していた。あまり時間はかかっていないんだろうけど、戦いの最中としては気の遠くなるような時間だったな……。

 

 《歪みディスト》の攻撃を掻い潜って出来上がったソレの元へと走り、


「水の奔流、全てを流す!」

 

 水の魔法と一緒に打ち出す。そしてすぐさま次の呪文(スペル)を唱える。


「電流は粒子の移動……」

 

 その間に今撃った攻撃が《歪みディスト》のもとへと到達した。


 《歪みディスト》はそれを払おうと剣を振り―――――― 


 ドオォォォン!!


 大爆発を起こした。

 今水と一緒に撃ったソレの名前はニトログリセリン、窒素と酸素と炭素で構成された液体の爆薬で衝撃を与えると爆発する性質を持っている。

 

 さすがの《歪みディスト》も至近距離であの爆発をくらうとかなりダメージを受けていた。

 

 そして俺はそれが爆発した瞬間に《歪みディスト》へ向けて走り出していた。それを爆発のせいで体勢を崩した《歪みディスト》は迎撃しようとするが、


「させません!」

 

 それをエーテルの銃撃に邪魔される。


「この……!」

 

 《歪みディスト》は初めて苛立ちの表情を顔に出した。

 

 そいつの懐に飛び込み、


「……雷よ走り抜けろ!」

 

 俺に出来る限りの長さの呪文(スペル)を唱えた電気の魔法を零距離で叩き込んだ。


「ぐっ、がぁぁぁぁ……!」

 

 さすがに爆発と零距離電撃は効いたのか《歪みディスト》が苦しそうに叫び声をあげた。

 

 そして、さっきの透明な方の《歪みディスト》が消えたときと同じように消えていった。


「ざまあみろ……」

 

 終わった。

 

 そう思って周りを見渡す。

 

 壁が消えて学長さんと女教師さんが駆け寄ってきている。

 

 エーテルは起き上がって安堵の表情を浮かべていた。


(あの子は……)

 

 とそこで急に足がぐらついた。


「おっ……と……?」

 

 立っていられない。もう身体は限界だったか?

 

 俺はその場に倒れこんだ。

 

 動くことのない空が見える。

 

 ふと、傍に誰かの気配がした。


「よう」


「……無茶」


「まあまあ、結果的に生きてるんだから」


「……あのまま手を出さなかったら危険はなかった」


「俺にとってはあそこで手を出さないなんて考えられないんだよ。それに、俺が呼びかけたら止まってくれたじゃねえか」


「…………」


「なあ、何であそこで止まってくれたんだ?」


「……分からない。私に感情というものはないはずなのに」

 

 やっぱりそうか……。俺がそう思うと少女は、


「……けど」


「ん?」


「……私が消去されそうになって私の一部が消えたときに感情のプロテクトも消えてしまった可能性はある」


「それって……」


「……真偽は不明」

 

 もしそうならこの子は人らしくなれるのかな? 

 

 人らしいといえば……


「そういえば、名前がないと不便じゃねえか? それでさっき(俺が)困ったし。」


「……私の使命には――――」


「使命とかはなしでさ。人として必要だって事だよ。それに、禁止されていることをしたんだろ? もう使命とかなくなってるんじゃないか?」


「……分からない」


「だからさ、名前決めようぜ。ないと困るって、絶対」


「……………………思いつかない」


「あんまり難しく考えることはないって。自分が気に入れば―――――」


「……あなたが考えて」


「…………はい?」

 

 今なんて?


「……あなたが考えて」


「いや、人の名前を考えるという大役は俺の人生には少し早い気が……」


「……あなたが考えて」


「いや、だから」


「……あなたが考えて」


「……はい……」

 同じことを四回も言われたら「はい」て答えるしかないよな。下手したらエンドレスで聞かされることになりそうだし。

 

 ……どうしようか。

 

 高校二年で人の名前を考えるという大役を体験することになるとは。

 名前って、こうなって欲しいって言う願いをこめたりするのが一般的だよな……。でもこの子は俺の子どもってわけじゃないし、願いをこめるのはちょっと違うよなあ。

 

 となると、やっぱりその人の特徴って事になるのかな?

 

 この子の特徴といえば、変わってる、無表情、可愛い、肌白い。

 うーん、難しい。

 

 〝可愛い〟から『キュート』とか…………ないな。

 

 〝肌白い〟から『シロ』とか…………犬か!

 

 他にこの子の特徴………………………そういえば名前がないって言うのも特徴の一つじゃないか?

 名前がない――――名無しの少女で『ナナ』、そのまま過ぎるかな?


「名前が無いってことで、『ナナ』は?」


「……そのまま」


「う…………」


「……でも、その名前がいい」


「そうか……。じゃあお前は今から『ナナ』だ。これからよろしく、ナナ」


「…………(こくり)」


「相手が『よろしく』って言ったら、こっちも『よろしく』って言うもんだぞ」


「……よろしく」

 

 さっき、感情のプロテクトが消えてしまった可能性があるって言ってたけど、多分本当に消えていると思う。

 

 だって、俺を覗き込んでいる少女――――ナナの顔は微かに、けれど確かに笑っていたから。

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