一瞬の世界
光のみの空間から出てみるとそこはどこかの建物の中だった。
その辺を見てみると、さっきエーテルが使った装置とは別の用途がよく分からない装置が散乱している。
後ろを見てみると、もう既に穴は消えていて穴があった場所にはひときわ大きな装置が鎮座していた。
その部屋を俺の知識の中で一言で表すと研究室と言うべきだろう。あちこちに用途不明の何かの装置があり試験管のようなものも見える。
そうやって部屋の端に視線を向けると何かをごそごそ弄っている人影が見えた。
不審に思ってその人影を見ていると急にくりんと顔をこちらへ向けてきた。
「おーエルー。おかえりー」
振り返った人影は肩くらいまでの癖がある髪で人懐っこそうな顔で一目で何かの研究者と分かる白衣を着ていた。
「はい、ただいまです、アルデ。報告があるので今はこれで」
エーテルは軽く挨拶してさっさと部屋を出て行こうとした。
「いやいや、ちょっと位いいじゃんエルー」
エーテルは少し嫌そうな顔をしたが、結局「仕方がないですね………少しだけですよ」と言いながら何だかんだでアルデと呼ばれた少女と話している。この二人結構仲良しなのかな?
「それよりエルー。貸してあげた装置どうだったー?」
エステルは「ああ……」と何かを思い出したように、
「そういえば言いたい事があるんでした。あの空間で作った空間がすごく不安定でした。通るとき内心はすごくヒヤヒヤしましたよ」
「おー、それはごめんねー」
その能天気な返事にエーテルは深くため息をついた。
「あの~?」
なんだかこっちが置き去りにされてる気がするので声をかけてみた。
「おお、なんだ!? 何時から、どうやって、何をしに、何処から、何故、そして、君は誰だ!?」
見事なリアクションで見事な5W1Hの質問をどうもありがとう。
置いてけぼりどころかこっちに気づいてもいなかったらしい。というか、エーテルの真横にいるのに何で全く気づかないんだ……。
「ああ、紹介が遅れましたね、彼らは事情があって一緒に連れてきた方達です。……ええと」
エーテルが俺たちの紹介をしてくれてるところで言いよどんでしまった。そういえば、まだこっちは名乗ってなかったっけ。
「俺は日比谷蓮。こっちは……名前を知られたくないみたいで」
「…………」
「おおっ、僕はアルデ・アセトっ、アルデって呼んでね。総合魔法学院に所属する魔学者だよっ。よろしくねっ、蓮君、女の子っ」
女の子って……そのまんまじゃねえか……。
「それで、さっき何の話してたんだ?」
さっき話の腰を折った自分が言うのもなんだが、何の話していたのか気になっていた。
「ああ、さっき使った簡易空間移動装置のことで話があったんですよ」
「あれってまだ試作段階でさー。今回エルに渡して試してみたんだー」
「まったく……。下手をすれば大変な事になってたかもしれないと言うのに」
「大変なこと?」
聞こえた不吉なフレーズに恐る恐るたずねてみた。
「さっき通ったあの空間はかなり不安定で何時崩れてもおかしくなかったんです。そうなってたら私たちは次元の狭間に放り出されて死んでいたかもしれなかったんですよ。」
「あんたなんてモン渡してんだ!?」
「いや~」
アルデは照れくさそうに頭をかいている。
いや全く褒めてないからね!? 知らない間に命の危険にさらされて褒める人間がいるはずないからね!?
俺の心の中のツッコミを見透かしたようにエーテルは諦めたようにため息をつき、
「彼女はいつもこうなんです。自分が作ったものはとにかくすぐに試したいらしくて……。今回はやむなく自分から借りましたが、いつもは無理やり使わせてくるんです」
「いや~、狂魔学士としては研究の成果を一刻も早くなにをしてでも見たいと思うじゃん?」
「今『マッド』って言った! マギカリストって言うのはよく分かんないけど、確かに『マッド』って言った!」
今このアルデと言う人物が俺の心の中で危険人物認定された。
「ねえねえ、ところで蓮くん、エル、女の子」
「ん? 何だ?」「はい、何ですか?」
一気に早口でツッコンだので乱れた息を整えている俺と傍で聞いていたエーテルにアルデは言ってきた。
「エルが連れてきたって事は何か事情があったんでしょ? こんな所で話してていいの?」
「「お前(あなた)が言うなあぁ―――――――――――――――――」」
ラボ(?)の中に俺とエーテルの声がこだました。
そして少女はずっと無言で俺たちを見ていた。心なしか会話に混ざりたそうだったのは俺の気のせいだったかな?
部屋を出ると伝統がありそうな廊下が広がっていた。あちこちにいろんな部屋があってさながら学校みたいだ。
先を歩くエーテルについていきながら、俺はその廊下を観察していた。
「全く、アルデときたら……いつもいつも……」
エーテルはさっきの事でまだぶつぶつ言っている。
それにしても、マイペースというかハイテンションというか変な子だったな。いつの間にか俺も向こうのペースに巻き込まれてたし。
この様子だとエーテルは前に何度もアルデに振り回されていたみたいだ。
「まあまあ。それで、俺たちは一体何処へ向かってるんだ?」
「聞きたいことがあるので報告も兼ねて教務室まで行こうと思っています」
報告って何のことなのかって気になったけど、着いたら教えてくれるみたいだし今はチャっチャと目的を済まそう。
そのまましばらく歩くとエーテルは何かの部屋の前で立ち止まった。
扉の表札を見てもなんて書いてあるか分からないけど、多分ここが目的地なんだろう。
「失礼します」
エーテルはノックをして扉を開けた。
部屋の中を除いてみると大人たちがせわしなく動き回っていてまるで職員室だ。教務室って言ってたけど同じものなのかもしれない
エーテルが中に入ったので俺と少女も付いていった。元々こういう雰囲気が苦手な上、変に緊張していたせいでぎこちなくなったけれど「失礼します」と言うのも忘れなかった。
この時俺は緊張していたせいで何も教えていないのに後ろで少女も「失礼します」と言って入ってきたのには気づかなかった。
エーテルが向かっていったのは入り口からそう遠くないところで書類仕事をしている女性のところだった。
「リーン先生。報告に上がりました」
リーンと呼ばれた人はゆっくりとした動作でこっちを振り向いた。
見た目は二十代前半くらいに見えるポワポワとした雰囲気をまとった女性だ。
「あら、ノールさん。予想より早かったわね~」
アニリンさんはさっきのアルデとは対照的にゆっくりとした動作で答えた。というより遅すぎる。
「それで、そちらの方は?」
今度は忘れられることなく、いの一番に傍にいる俺たちのことを利いてきた。
「はい、彼らはあの世界から連れてきた方たちです。つきましては学長にも報告がしたいのですが」
リーンさんは口に指を当てて「う~ん」と悩んだ後
「分かりました、それでは学長のところに行きましょう」
と言って立ち上がった。ちなみに悩んでいたのは2分くらいだった。長すぎだろ……。
案内されたのはさっきの部屋からそう離れていない部屋だった。
まだ扉は開けていないけれど、どことなく威圧感がを感じる。隣にいたエーテルを見てみると心なしか彼女も緊張しているみたいだ。
「失礼します~」
おいおい……。この人ノックもせずに入っていったけど大丈夫なのか?
手招きをされたので俺たちも中に入っていった。
「アーニ、お前はいつもノックをしろといっておるだろうが」
入ると同時に奥から声が聞こえてきた。
声の主は部屋の奥で手を組んで座ってこちらを見て、いや睨んでいる。
年のころは三十代半ば位で目は鋭くて全体から相手を威圧するオーラが出ているような気がしてしまう。正直めちゃくちゃ怖い。
「あらあら、申し訳ありません~」
まったく反省していないように聞こえるのは俺の気のせいか?
それでも学長さんはそこはどうでもよさそうに女教師さんを見た後にエーテルに顔を向けて、
「まあいい。それで、エーテル・ノール。用件を聞こうか。後ろの二人についてもな」
そして学長さんは俺の方に目を向けてきた。目が鋭いのでギンと睨まれているような気がしてしまう。
「はい、まず初めに彼らは例の世界の住人です。依頼を受けてあの世界に行って少しすると彼らが《歪み》に襲われていたため救出を試みました。そして撃退した後、彼が事の事情を知りたい様子でしたので交流するのにもちょうどよいと考え、付いて来てもらいました。名前は彼が日比谷蓮、こちらの彼女は何か事情があるようで名前を知られたくないようです」
その説明で彼女の俺と少女を見る目が興味深そうになった。
「そうか……よく来た客人。私はエステル・W・ノール。この総合魔法学院の学長をしている」
「は、初めまして」
俺は威厳のある自己紹介に少し恐縮しながら挨拶を返した。
「さて、長い話は苦手だ。わざわざこんなところまで来たということは、お前は何も知らない口なんだろう?」
ふと違和感を覚えた。まるである程度こっちの事情を知っているような聞き方だ。
こちらがそう思っているのが分かっているのか彼女はそのまま続ける。
「ふむ、何処から話そうか…………まずは今いる場所についてだが、ここは――――――」
「少なくとも俺がいた場所とは別のもう一つの世界で、ここは何かの教育機関ってところかな?」
俺がそう続けると彼女は「ほう」と感心するような声を出して口元にかすかな笑みを浮かべた。
さっきからちょくちょく出てくる単語や周りの雰囲気の事を考えればそれ位は分かる。
「頭は回るようだな。だが、満点とは言いがたい」
「えっ?」
「確かに、ここはお前がいたところとは別の世界でここが教育機関というのも間違ってはいない。しかし、もう一つの世界と言うのは誤りだ。この世には我々が観測しているだけで百以上の世界が存在している」
「…………」
さすがにそこまでは想像していなかったな。他の世界という現状で俺も少なからず落ち着きをなくしているのかもしれない。
そして学長の説明にリーンと呼ばれていた女教師が「でも~」と口を挟んできた。
「この世界は正確には世界じゃないのよね~」
「――――?」
その言葉にエーテルが続ける。
「世界には必ず一つ、核の役割を果たすものがあると最近の研究で明らかになってきたんです。しかし、この世界にはそれに当たるものがないのです。だから、世界と言うより巨大な空間と言った方が正しいんです。そして、その影響かこの世界では時間が進みません。人と、人が動かしたもの意外は」
「ああ、それでずっと違和感を感じてたんだ……」
さっき廊下を歩いていたときにずっとなにかが変だと思っていたら、窓から見えた外の景色に全く変化がなかったんだ。空を流れる雲も、風も、チラッと見えた川も物理法則を無視して完全に止まっていた。
「それでこの世界は、正確には世界じゃないんだけど対外的には《一瞬の世界》って呼ばれてるのよ~」
女教師さんがそう補足を付け加えた。
「話がそれてしまったな。我々が普段していることの一つは世界の観測だ。新たな世界が観測されれば、こちらから赴いて友好を結ぶ。。それが我々が普段行っている事の二つだ。そして赴いた先の世界にもいろいろあってな、大抵は他の世界と界交を結んでいる世界がほとんどなんだが、時々どの世界とも友交を結ばず、他世界の存在すら認知していない世界がある。お前たちのようにな」
「へえ……」
確かに、俺の世界にはパラレルワールドのような異世界という考え方は存在するけど、あくまでおとぎ話の類だ。本当に異世界というものが存在するなんて誰も夢にも思わないだろう。
「そして、そんな中お前たちの世界を発見した。しかし、そこで問題があった」
「問題?」
「詳しい事は専門的だから省くが、お前達のいた世界はこちらが一度探した座標にあったんだ。ある時ちょっとしたミスで観測する座標が狂ってしまってな。その時にお前達の世界が観測されたんだ。前にその座標を観測したときは確かに何もなかったのに……。まるで急に現れたように世界が観測された。それで、いつものように気軽に赴くと言うわけにはいかなかった」
「だから私が先にその世界に行って調査をする事になったんですよ」
とエステルが学長さんの言葉を受け継いだ。「後は大体あなたが知っている通りです」と俺に言った後に学長さんが説明を再開した。
「それで、お前達を襲った生物だが、私たちは《歪み》と呼んでいる」
「ディスト?」
「ああ、すこし話を戻すが、この世には世界が百以上あるといったな? そして、それぞれの世界は多かれ少なかれ例外なく構造的に不完全な『歪み』というものがある。そして、その『歪み』が大きくなり、世界の理から外れて実体化したものを《歪み》と呼ぶ。そして、その世界のものを無差別に傷つける。なぜそのような事をするのかは現在ではまだ分かっていないがな」
……なるほど。
けど、それだと腑に落ちない点がある。
「そんなのがいたら、騒ぎになるはずだけど、少なくとも俺はそんなの聞いたことないんだけど……」
「それと学長。私たちが遭遇した《歪み》ですが、私の知っているものと少し違いました。実態があるのに不完全ですが透明で、しかも同じ場所に二体の《歪み》が出現しました」
とエステルも自分の疑問を話した。
その報告に学長さんは顎に手を添えて何かを考えて、
「そのような姿の《歪み》や、そいつらが二体以上同時に同じ場所に出現すると言うのは今まで報告された事がないが……難儀だな……。まあいい、理由その他諸々は後で考えるとして、その後はどうなった?」
その言葉にエーテルは一瞬唇をかんで、言うのを少し躊躇ったが、苦々しそうに、
「……一体目を撃退した後に私が遅れをとってしまい、そこにいる彼がもう一体に体を貫かれて……絶命しました」
学長さんと女教師さんが眉をひそめたのが分かる。
当然だろう、死んだと言われた人間が目の前でピンピンしているのだから。俺もまだ何が起こったのか分からないし。
「彼が絶命した後に彼女が……」
その先を言わないのはエーテルにも少女が何をしたのか分からないからだろう。
この部屋にいる全員の目が少女に集まった。
「お前は、一体なにをしたんだ?」
学長さんが全員が聞きたいであろう事を少女に問いかける。
少女はゆっくりと口を開いた。何でもなさそうに、ただ聞かれたから答えたと言うように。
「彼の『体を貫かれた』という《記録》を消去した」
「なっ!?」「まあーー」「…………」
三者三様の反応だけれど全員が驚愕の表情で少女を見た。何だ、何がどうしたんだ?
「記録を消す? そんなこと現実で出来るわけが……」
エーテルは呆然として呟いている。
「それは……さすがに信じがたいかも……」
女教師さんもさっきまでのポワポワとした感じが消えて真剣な表情になっている。
「…………」
学長さんも落ち着いているようでも驚きの感情を隠しきれていない。
「エーテル・ノール。彼が一度絶命したというのは確かか?」
「………はい」
それを確認すると学長さんは少女の方を向いて、
「……本当か?」
学長さんは少女の目を見て問いかける。
「…………(こくん)」
そしてそれを少女は肯定した。
俺以外の三人の間にさらに深刻そうな雰囲気が漂った。
「あの、さっきからどうしたんですか?」
学長さんがハッと気づいて「すまない、さすがに驚いてな」と軽く謝って、
「《記録》というのは言葉にするのは難しいが、強いて言うなら現在を構成する要素と言うべきか……経験、過去の集合とも言い換えれる。それに干渉するなんて事ができるなんて存在は…………」
学長さんはその先を言いよどんだ。存在を信じられない、しかし信じざるを得ない。いろんな感情が混ざった声で確かに言った。
――――――神、と。