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世界は記録と神様と  作者: 3608
日常は脆い
3/8

歪みと死

 意識が浮上してきた。そろそろ朝みたいだ。俺の体内時計はけっこう正確で、いつも目覚ましなしでおきている。なんて便利な体だ。

 目を開けるといつも通り部屋の天井―――


「…………」


「おわっ!?」

 

 じゃなくて、無表情&無言で俺の顔をジ―――っと見下ろしている見慣れない少女の顔が目に入ってきた。

 

 一瞬何がなんだか分かれなかったけど脳に血が回ってくると段々状況が理解出来てきた。

 そういえば、昨日なんだかんだあって女の子泊めたんだった。


「おはよう」


「…………」


「朝は『おはよう』って言うんだぞ」


「……おはよう」

 

 この子、挨拶も言われないと出来ないのか。この子に世の中、というより人としての常識があるのか疑わしくなるな。

 あと、よく見てみると少女は昨日俺が寝たときと全く同じ姿勢のままのような気がする。一度寝て起きたにしては昨日と違いがなさ過ぎる。


「お前、もしかして寝てないのか?」


「……(コクリ)」


「眠れなかったのか?」


「…………?」

 

 何を言っているのか分からないという風に首を傾げた。この子と話すのはやっぱり疲れる…。

 

 グゥ~

 

 と、そこで俺腹の虫が鳴った。


「っとと。朝飯朝飯」

 

 昨日の疲れが少し残ってたので今日は簡単にトーストとスクランブルエッグで済ませる事にした。


「いただきまーす」


「…………」


「飯のときは『いただきます』だ」


「……いただきます」

 

 その一言で朝飯を食べ始める。

 朝飯を食べていると、ふと少女が全く飯に手を付けていないことに気がついた。


「どした? 食欲ないか?」


「…………(フルフル)」

 

 違うみたいだ。

 少女の目を見てみると、いつも何処を向いてるかよく分からない目線が俺の手元に向いている事に気付いた。

 まさかとは思うけど、


「箸の使い方、分からない?」


「…………(コクリ)」

 

 見た目は日本人には見えないと思っていたけど、やっぱりこの子外国人なのかな。


「箸はこうやって使うんだ」

 

 俺が少女の前で箸を動かすと、少女はゆっくりと箸を取ると、


「…………」

 

 ひょい、パク。ひょい、パク。

 

 スクランブルエッグを一つ一つ日本人顔負けの器用さで見事に食べ始めた。

 器用なんだな、と思いながら眺めていると、学校に行く時間が迫っていたので俺は急いで飯を食べきった。


「それじゃ、学校言ってくる。飯食い終わったら好きにしてていいからな」

 

 そう言い残して俺は家を出た。

 あの子を家に一人で残すのには、いちまつの不安があるけど、今は仕方がない。

 そう思いながら俺は、学校へ向かっていった。

 



「蓮ちゃん、おはよ~」

 

 今日も晶が恥ずかしい呼び名を呼びながら教室にやってきた。


「ちょうどよかった。晶、ちょっといいか」

 

 いつもなら抗議するけど、今日は少し用があるのでなしだ。


「あれ? 今日は『ちゃん』を付けるなって言わないんだね」


「分かってるなら、なんでいつもいつもその呼び名で呼ぶんだ!?」

 

 いつものように、俺の精神力を削ってくれる従姉だった。


「それより、今日の放課後晶の家に行っても―――」


「いいよ」


「早っ!? まあいいやよろしく」


「うん。それじゃ~ね~」

 

 そう言って、わが従姉は自分の教室へ帰っていった。………結局、何しにきたんだ?




「おまたせ~」


「いや、今来たところだ」

 

 放課後、約束どおり晶の家に行くために待ち合わせした。


「いや~。男が言ってみたい台詞ベスト三に入るその言葉を言う奴がこんな近くにいるとはな~」


「そのランキングというのが一体どういう基準で決定しているのか疑問だね」


「俺はなぜ当たり前のようにお前ら二人がいるのかという方が疑問なんだが」

 

 いつもは三人で帰ってるけど、今日は晶の家に行くから無理だといっておいたのだが。


「いやな、お前がいないと暇だから少しの間だけでも話し相手になってもらおうと思ってな。」


「僕も大体同じだよ」


「おまえら、他にやることないのかよ」

 

 呆れたように二人にそう言うと、


「仲良しで良いことだね」

 

 と、晶が笑顔で言っていた。………確かにそうだけどな。


「それはそうと、今日は何の用事なの?」

 

 と、聞いてきた。そういえば、用事を言ってなかったな。


「ああ、ちょっと晶の服を貸してほしいんだ。」


「「「…………………」」」

 

 あれ? 何で皆そんなに驚いてるんだ? 


「……蓮、そっちにいっちまったか」

 

 植朔がかわいそうなものを見る目でそう言った。そっち? そっちってどっちだ?


「まあ、世の中にはたくさんの人がいるからね。中には特殊な趣味を持つ人だっているさ」

 

 東雲が残念そうにそう言った。特殊? 夢のこと意外俺はごく普通の高校生だけど。


「……蓮ちゃん」

 

 晶が泣きそうな顔で俺の顔を見てる。俺、何かしたか?


「別に、蓮ちゃんに女装の気があったとしても私は気にしないよ」


「違う!!」

 

 なんて勘違いをしてるんだ、この三人は! 早く弁解しないと俺は変態の仲間入りをしてしまう。


「別に俺は女装がしたいわけじゃない。実は―――」

 

 ちょっと待て。見知らぬ女の子を家に連れ込み(付いて来たんだけど)同じ部屋で一夜を明かした。その事実この三人に教えるとどうなる。少なくともさらに面倒になるような気がする。


「「「実は?」」」

 

 考えろ。考えるんだ。この場をうまく切り抜ける嘘を。


「実は近所におませな子が居てな。その子が年上が着る服を着たいって言ってたんだ」

 

 ってアホかーーーー!


「「ああ、なるほど」」

 

 植朔と晶はなるほどという表情で納得していた。……バカで助かった。

 東雲は薄い微笑を浮かべていた。たぶんあいつは最初から、からかってただけなんだろう。

 とにかくこの場はうまく切り抜けたみたいだ。



「ただいまー」


「…………」

 

 俺を無言で迎えた少女は朝家を出たときと同じように座っていた。朝食はなくなっていたので、ちゃんと全部食べてくれたみたいだ。


「こういう時は『お帰りなさい』だぞ」


「……お帰りなさい」

 

 抑揚のない声でもちゃんと答えてくれた。


「よし。それはそうと、これ見てくれ」

 

 そう言って俺は晶に借りたものを見せた。


「一緒に外行こうと思ったんだけど、その服じゃ目立つからな。これに着替えて外に行こうぜ」

 

 多少強引な気もするけど、この子には常識や感情といったものが欠落している。外に出て色々見て回れば少しはそういったものを身に付けてくれるだろう。おせっかいかもしれないけど……。

 そんなことを思っていると、目の前で信じられないことが起こっていた。

 

 俺の目の前で少女が服を脱ぎ始めた。


「なななっ……!?」

 

 俺はあわてて後ろを振り向いた。

 肩の辺りまで素肌が見えたけど胸とかの大事なところは見ていないから大丈夫だ。………何が大丈夫か分からないけど。

 

 それにしても、常識とかが欠けていると思っていたけれど、羞恥心までかけているとは思わなかった。………このまま少女をこの家に置き続けると、精神がやばい事になりそうな気がする。


「着替え終わったか?」


「……着替え終わった」

 

 その言葉で振り返ると俺は息を呑んだ。

 

 晶に借りた服は飾り気のない真っ白なワンピースだった。

 少女は元々顔は整っているし、肌もきめ細かくて真っ白だ。そんな少女が飾り気のない真っ白なワンピースを着た姿は正に神秘的の一言だった。


「…………」

 

 少女の視線で我に帰ると、


「さっ、行こうぜ」

 

 少女の手をとって家を出た。




「…………」


「…………」


 …………困った。外に出て来たはいいけど、その後どこに行くか決めてなかった。

 

 家を出たときの勢いは何処へやらで、俺は少女を連れて当てもなく商店街をぶらついた。

 当てもなく歩いても、面白くない。この子が楽しいと思うところに行かないと、そう思っていると注意力が散漫になって少女へ注意をちゃんと向けれなかった。誰かにぶつかったみたいだ。


「っ痛ぇ……。おい、ぶつかっといて謝罪もなしかよ」

 

 運悪く、少女がぶつかったのは柄の悪そうな男の3人組みだった。少女は無言だった。もしかしら、こういうときに誤るという常識もないのかもしれない。

 そんな少女の様子に三人の男たちは気分を悪くしたらしく、目を吊り上げて少女に詰め寄って言った。

面倒な事になりそうだ……。

 

 さて、、こういう風にチンピラとかに絡まれてしまった時には面倒ごとを最小限で回避するやり方と言うのがある。(最小限と言ったのは、チンピラに絡まれてしまった時点で既にある程度面倒な事になっているからだ)。

 

 まず第一にすぐに誤ること。こちらが不遜な態度をとっていると、収まるものも収まらない。相手がどんなに嫌な奴でも我慢して笑顔を浮かべるのがポイントだ。


「すいません、こいつ口下手で」


「ああっ? 誰だてめえ。てめえに用はねえよ。用があるのはそっちの女だ、引っ込んでろよ」

 

 …我慢だ。

 一度誤っただけでは、相手にちゃんと届かないことも多い。


「ほんとすいません。こいつ、マジで話すの苦手なんです」


「てめえに用はねえって言ってるだろうが」


 ……我慢だ。


「よく見るとその子かわいくね? なあ、ぶつかったこと水に流すからさ、そんな奴ほっといてこっちに来ない?」

 

 男のひとりが少女に手を伸ばした。少女の顔には何の感情も浮かんでいない。手を掴まれても多分されるがままだろう。

 

 次に、言葉だけで相手が許してくれなかったときは…………実力行使だ!


 男の手が少女の手に触れる瞬間、俺はとっさに男の手を掴み、合気道の要領で捻りあげた。


「「「なっ!?」」」

 

 男は三人とも驚いた顔でこちらを見てきた。

 

 晶と一緒にいると何故かガラの悪い奴に絡まれることが多かった。そこで自分が弱いと、色々と面倒な事態になることが多かったので柔道と合気道を習った。そのおかげで有事の際に面倒を最小限で回避することができるようになった。しかし、そのための週6の稽古は正直面倒だった。植朔に面倒な稽古を続ける理由を話したとき「おまえアホだろ」といわれた。面倒な事態になるのが面倒で、とても面倒な稽古をして何が悪い。


「何すんだてめえ!」


「やんのかこら!」

 

 他の二人が殴りかかろうとしてきた。

 相手が複数のときは、一人を止めてもほかの奴が襲い掛かってくることもある。そんなときは…………見せしめだ!

 

 俺は手に掴んでいた男の手をさらにひねり上げた。


「い、いでででで!」

 

 苦痛の声で他の二人がひるんだ。


「本当、喧嘩する気はないんですよ。穏便に済ませましょうよ、穏便に」

 

 そう言いながら手にさらに力を入れた。

 手をひねられてる男の顔が、さらにかわいそうなぐらいに歪んだ。

 他の男たちが「くそっ」と言って逃げてしまったので残った男の手をはなしてやった。


「おぼえてろよ!」

 

 と、今時テレビの悪役でも言いそうにない台詞を残して逃げて言った。


「ふぅ~。そこまで面倒な事にならずに済んだな」

 

 前に晶といるとき絡まれたときは何だかんだで五人位とケンカする羽目になったからな。あれはメンドかった。

 

 そう考えながら少女の様子を伺ってみると何もなかったかのように佇んでいた。

 俺は苦笑しながら少女の手を取って歩き出した。


 


 あの後さらに歩き続けてたまたま目に入った喫茶店に入った。

 しばらくして注文したプリンがやってきた。プルプルしておいしそうだ。


「……いただきます」

 

 朝に言ったことをしっかりと覚えてくれていたようで、少女はちゃんと『いただきます』と言った。俺も「いただきます」と言って食べ始めた。


「どうだ? そのプリン」

 

 少女が何も言わなかったので、女の子なら甘いものを食べればご機嫌になるだろうと思って無難なものを選んだつもりだけど、どんな反応するかな。


「……ビタミン2、ビタミン12、カルシウム、レチノール、パントテン酸、リン、脂質、たんぱく質、その他微量」

 

 さすがにその返しは予想外だ。

 そして、なんで食べただけでそんなことまで分かる?


「いや……栄養素じゃなくてな……」


「……卵、卵黄、グラニュー糖、牛乳、バニラエッセンス、砂糖」


「分量は……!?」

 

 いや、そんな問題じゃないだろう俺……!


「そうじゃなくって。うまいかどうかって聞いてんだよ」


「…………なかなか」

 

 おお………。

 どうせそっけない返事が来るものだとばかり思っていたので、少し驚いた。

 よく考えたらこういう普通の反応をこの子がしてくれたのは初めてかもしれない。

 なぜかは分からないけど、なんとなくうれしく感じてる自分がここにいた。

 ささやかな満足感を胸に抱きながら俺は自分のプリンを平らげていった。




(さて、どうするかな……)

 

 甘い物作戦は思っていた以上にうまくいったけれども、その後はやはりノープランだ。また当てもなくぶらぶらしてたら、さっきみたいに面倒な事になるかもっしれない。かといって、正直もう俺には他に女の子が喜ぶような場所を知らない。植朔あたりなら30以上はそんな場所を知ってるだろうが……。

 

 もうそろそろ帰ろうかなと思っていると少女が急に立ち止まった。

 何事かと思って後ろを振り返ってみると少女は少女と初めて会った公園を見ていた。


「公園に入りたいのか?」


「…………」

 

 少女は何の反応も返さない。さっきの喫茶店での反応も初めてだったけど、こっちが質問しても何の反応も返してこないのも初めての反応だ。

 よく分からないけど、別に早く帰ってもすることがあるわけでもないので別に公園に寄る位ならいいだろう。


「ちょっと寄ってくか」

 

 仕方ないように言って歩いていく俺に少女はやはり無言で付いてきた。ただ、なんとなくそのときの少女の様子に違和感をおぼえた。

 二人で公園を歩く。周りに人気はない。最近人がいないことが多いな。

 そんなことを考えながら、無駄と知りつつも、少女に話しかける。


「それにしてもお前、何者なんだよ」


「…………」


「なんか常識とかもかけてるみたいだしよ」


「…………」


「もしかして、いいとこのお嬢様だったり?」


「…………」

 

 なんと言っても少女は答えない。俺だけが話している。最初は逃げちまったけど、何度も話してると慣れてくるもんだな。何だかんだでまだ数回しか話してないけど。

 それにしても、やっぱり2日前に初めて会ったのにこの子を知ってる気がするんだよな。既視感みたいにどこかで見たことがあると言うよりは、この子を知っているっていう感じだったし。

 

 俺の脳を何度検索してもやっぱりこの子と会ったという記憶はない。というか、1度会ったら忘れられないだろう。

 そう考えながら少女の顔を凝視しても少女はそ知らぬ顔で、顔を俺のほうに向けている。

 これが少女の普通なんだろうと思って深く考えないようにしていたけれど、今の少女はどこか様子がおかしい。

 何処がと言われると困るけど、どこか違う。

 

 現在の少女も、こちらを向いているけど俺のほうを見ているのかよく分からない目をしている。けれど、今の少女はこちらを見ていないと言うよりは、何か他のものに注意を向けているという感じなのだ。

 面倒だったけど結構本格的に武道を習ってきた俺は、そういう気配とか意識と言ったものがなんとなく分かる。

 少女が何に意識を向けているのかと思って辺りを見回しても何もいない。

 理由はよく分からないけど、このままここに居たら面倒な事になる気がした。

 錯覚かもしれないけど、とりあえず、早めに帰ったほうがよさそうだ。


「もういいだろ。そろそろ――――」


「……来た」


「えっ?」

 

 なにが? と聞くことは出来なかった。少女の目線の先にあるものに言葉を失っていたから。

 そこには、目視できるものは何もないが、明らかにおかしい。

 

 景色の一部が歪んでいっている。

 

 というより、空間が歪んでいる。

 

 その歪みは段々大きくなって何かの形を成してきた。

 

 その歪みが形を成した何かは姿(?)は見えず、まるで不完全な透明化のようだった。形は分かりにくいが、体長が5メートルはある蜘蛛のように見えた。

 

 世の中には擬態して敵の目を欺く生物もいる。だから、透明(のように見える)のは百歩譲ろう。

 

 けど、体長5メートルの蜘蛛はありえない。世界には知られていない生物がたくさんいる。けど、こんな奴が存在してるなんて常識的にありえない。

 

 人間は自分の理解を超えた事態にあうと、何も出来なくなると言う。

 けど俺はそんなことにはならずこの目の前の生物(?)を見つめて観察していた。

 

 ちなみに、今の俺の心の中は警戒心七割、好奇心三割ぐらいだ。

 正直こいつが何なのか知りたくてうずうずしている自分もいる。なまじ理系が得意なだけに、この手のものが現れると興味を惹かれてしまう。

 

 さて……。そうやって観察していると、この生物に動きがあった。前足を上げて………俺と少女に狙いを定め………一気に振り下ろしてきた!?」


「敵意むき出しじゃねえか!」

 

 言葉が通じるか分からない相手に叫びながら、俺は少女の手をとって間一髪で避けた。

 さっきまで自分たちがいたところを見てみると、地面が大きくえぐれている。

 

 …………やばい。

 

 これってもしかしなくても命の危機って奴じゃないか。あんなの食らったら一撃で即死だ。

 これは逃げるしかない。

 

 俺は少女の手をとって、


「こっちだ!」

 

 ひとまず一目散に走った。

 

 走りながら後ろを確かめてみると、


「げ……!?」

 

 そいつは結構な速さで俺たちを追ってきていた。このままだと追いつかれる。

 

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!

 

 マジで冗談抜きで死ぬかもしんない。

 

 少女の顔を見てみた。

 こんなときでも、その表情には何の変化もない。


「くそっ」

 

 全速力で走った。

 けど、相手のほうが早い。すぐに距離をつめられてきた。

 もう一度後ろを確認してみた。

 

 すると、そいつはもう既に俺たちのすぐ後ろにいて。

 

 前足を俺たちに振り下ろそうとしていた。


(……終わったな)

 

 もう避けられないだろうな。

 

 死ぬのってどんな感じだろ。

 

 痛いのは嫌だな。

 

 17年っていうのは世間の平均と比べたらやっぱり短いんだろうな。

 

 そういえば、この子もいたんだっけ。

 

 この位置だと、この子も死んでしまうだろう。

 

 結局子のこのことよく分からなかったな。

 

 そう考えている内に。


 前足が俺たちを貫こうとして――


 ドン!


 ――横にそれた。

 

 ……なんだ? 何が起こった? 銃声?


「そうだ。あの子は……」

 

 一瞬心配したけど、すぐ傍にやっぱり無表情でたたずんでいた。よかった、無事みたいだ。

 そんな心配していると少しはなれたところに人がたっているのが見えた。

 

 その人は俺とそう変わらないぐらいの歳の少女だった。服装は白を基調としていてタイトなスカートを履き、上から地面まで届きそうなコートの上半身の部分だけボタンを留めてを着ている。こっちの無口少女(ややこしいからそう呼ぶ事にしよう)とはまた違ったブロンドの髪は腰まで届いており手には二丁の拳銃を持っている。

 

 生物がその双銃少女(二丁拳銃が印象的だから)の姿を見つけるとそちらのほうへ突進していった。


「危ない!」

 

 と俺が言う前に、双銃少女はジャンプで俺のすぐ前まで飛んで避けてみせた。

 ちなみに、彼女がいた場所からここまで15メートルある。彼女はそれを助走なしで一気に跳んできた。それだけで人間技じゃない。

 

 ………漫画みたいだ。

 

 でも、これは現実だ。さっき本当に命を落としかけて助けられたというのも幻想とかじゃない。

 とりあえずは、この双銃少女を頼ってここを乗り切るしかない。すべては後だ。

 しかし、


「これは………こんな姿の《歪み(ディスト)》なんて聞いたことない」

 

 こっちはこっちで、驚きの表情で俺には理解できないことを口走っている。

 それに、よく見ると緊張しているのか体の節々に余分な力が入っているように見える。大丈夫だろうか………。

 

 少女は双銃を構えて身構えた。

 生物は標的を変えたのか双銃少女に向かっていった。

 双銃少女は生物に銃を何発も撃った。

 拳銃がこんな化け物に聞くのかと疑問に思ったけれど、この双銃少女が撃った銃弾はこの生物を怯ませられる程には強いみたいだ。というか、弾を補充してる様子がないのに撃ち続けているけど、どうなってるんだろう。

 けど、怯ませるだけで生物がダメージを負っているようには見えない。銃を使った戦い方はよく分からないけど、双銃少女はただ銃弾を撃つだけで単調だ。攻撃をかわしたらその場で銃を打ち続ける。さっきからそれを繰り返しているが、あの化け物は弱っている様子はない。

 双銃少女の表情を見てみるとその顔には焦りが浮かんでいる。

 

 このままじゃやられる。


(だったら)

 

 俺は無口少女の傍を離れて双銃少女に気を取られている生物の後ろに来た。

 あの子が普通にやって勝てないなら。


「こっちだ!」

 

 俺が囮になって隙を作ればいい。

 俺が叫ぶと生物がこちらに振り返った。


「なっ……!? 一体どういう―――」


 双銃少女は驚いた顔をしている。無口少女の方は俺から離れた場所でやっぱり無表情だ。


「撃て!」

 

 双銃少女はハッとして俺に気を取られた生物に向かって銃を向けた。

 そして、手に力をかめたかと思うと、銃が光りだした。

 生物が俺のほうに向かって来て前足を振り下ろそうとした瞬間に双銃少女は引き金を引いた。

 銃からはさっきから何度も撃っている弾とは違い50センチほどの大きな光の弾が飛び出し生物に命中した。

 光の弾が命中した生物は特に叫び声を上げることもなく出現した時と逆に歪んでいた空間が元に戻るように消えていった。

 

 とりあえず何とかなったみたいだ。

 

 こっちの無口少女の方は無事みたいだ。

 

 さて、これからどうしよう。

 

 俺は双銃少女の方へ目を向けた。

 ひとまず、さっきのはなんだったのか、あの人に聞いてみるか。

 

 このときに俺は気を抜いてしまった。

 

 次の瞬間―――――体を何かに貫かれたような感触が襲ってきた。

 

 何かと思って視線をおろすと、さっきと同じ様な何かに体を貫かれていることが分かった。

 

 双銃少女は愕然とした表情で俺、というより俺の後ろを見ている。

 

 多分あの化け物がもう一体いたんだろうな。

 

 目が霞んできた。

 

 人は死ぬ瞬間に走馬灯と言うものを見るらしいけど、意識を失う直前に頭に浮かんだのは…………なぜか無口少女だった。


         ◆


 蓮は声を発することなくその場に崩れ落ちた。

 双銃少女が銃を生物に向けるより早くその生物はその場から一瞬で消えてしまった。


「くっ……」

 

 そう行って双銃少女は蓮に駆け寄った。

 蓮の体には直径二十センチほどの大きな穴があいている。顔からは血の気が失せ、脈はなく目から光が完全に消えうせて何もない虚空を見つめている。

 

 疑いようもなく、蓮は完全に事切れていた。


「私の目の前で……」

 

 苦々しい症状で双銃少女は呟いた。

 双銃少女はしばらくそのまま蓮の傍で佇んでいた。

 

 一分ほど時間がたったところで不意に何かが動く気配がした。

 双銃少女がそちらに振り向くと今まで黙って見ていた無口少女が蓮の所にやってきて座り込んだ。


「…………?」

 

 怪訝そうに様子を伺っている双銃少女の前で無口少女は蓮の体に手を置いた。

 次の瞬間、無口少女に働く重力がなくなったかのように服や髪が浮かび上がった。

 双銃少女はそれを意外そうに見ている。

 しかし次の瞬間彼女の目が驚愕に見開かれた。


「なっ……!?」

 

 瞬きをしたその一瞬の後、蓮の傷が治っていた。

 

 ただ傷が治っているだけでなく服も元に戻っていてまるで何もなかったかのようになっていた。

 無口少女はいつものように無表情で連から手を離した。


「あなたは…………一体………」

 

 双銃少女はなんとかその言葉を搾り出すことしかできなかった。



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