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世界は記録と神様と  作者: 3608
日常は脆い
2/8

少女と再開

「ちーす、って、どした蓮!? 魂が抜けたみたいになってるじゃねえか」


「……古文って難しいな……」

 

 次の日。 

 もう俺は心身ともに燃え尽きていた。


「そんなに燃え尽きるほど、課題がキツかったのかい?」

 

 そんな燃え尽きていた俺に、クラスの秀才こと東雲は話しかけてきた。


「……おう……」

 

 しかし、古文の宿題という敵と全力で戦って力を使い果たした今の俺には、そう力ない返事しかできない。


「君は本当に得意科目と不得意科目の差が激しいな。理系の成績は僕よりも良いのに」

 

 東雲は、呆れたような顔でそんなことを言う。

 

 東雲の言うとおり、俺の成績は総合的にいうと、中の上といったところだ。

 そして、東雲の言うとおり理系の教科は学内でも一、二を争うほど良い。東雲よりも良い………けど、その代わり、文系の教科は学内で一、二を争うほど悪い。一弥よりも悪い。人物の心情とか文の表現の仕方とかなんて分かるか!

 

 なんやかんやで、その苦手教科の課題はなかなか進まず、結局徹夜する羽目になってしまった。


「そうだぜ。量は多かったけど、俺でもそこまでかからなかったぜ?。まあ、そもそも、量が多いから、早めに宿題を出されるんだから、課題を忘れて徹夜で終わらせるはめになった蓮のほうが悪いかな」


「……う、うるせー……」

 

 分かってるけど、学校一の馬鹿である一弥にそう言われると、なんだかムカつく。そして全く言い返せない自分が情けねえ……。

 そうやって二人と駄弁っていると―――


「おはよー。蓮ちゃんいる~?」

 

 晶が間延びした声と共に、教室に入ってきた。

 そして、クラスの中の俺の姿を見つけるとうれしそうな顔で近寄ってきた。

 

 と、いうか、


「……『ちゃん』を付けるな……」

 

 他クラスに来てまで『ちゃん』を付けるか……。

 クラスの皆はもういつもの事ということで、特に驚いたりすることはないが、それでも人前で『ちゃん』を付けられて名を呼ばれては恥ずかしいことこの上ない。


「あれ、蓮ちゃん元気ないよ。どうかしたの?」

 

 なのに、お構いなしか、この野郎……。

 けど、肉体的にも、精神的にも疲労しきっていた今の状態では、これ以上言う気になれない。

 出来ればこのままお帰りいただきたい。

 しかし、ここで俺が弱っているような言動をすれば、あの従姉はこれ以上ない位、俺の世話を焼くだろう。

 

 思い出したくもない。

 

 ぐちゃぐちゃになったおかゆを食べさせられたり、ベッドに縛り付けられたり、子守唄を延々と歌われて俺が寝なかったら無理やり気絶させられたこともあったっけ……。

 

 本人は介抱しているつもりなのだろうが、俺にとっては、さらなる疲労の元になる。

 なので、ここは誤魔化しておくことにしよう。


「……別に。なんでもない……」


「そっか。よかった~」

 

 …………。

 

 簡単に済んでいいんだけど……いいんだけど……。

 

 それでいいのか、晶よ……。

 

 いくらなんでも簡単に信じすぎだろう……。

 

 俺はお前の将来が少し心配になってきたぞ。

 

 だが、面倒な事態を避けることには成功したので、そのまま話を続けることにしよう。


「……で、今日は何の用だ?」

 

 晶が教室に来るのは、あまり珍しいことじゃない。

 教室が隣なので特に用がなくてもちょくちょくこのクラスにやってくる。


「あ、そーだった。蓮ちゃん今日、時間ある?」

 

 ん? 今日は何か用事があるのか。


「バイトだよ」

 

 今日の俺のコンディションは最悪だが、バイトに行かないと、今月の生活がやばい。まあ、コンディションが悪いのは、課題をやってなかった俺が悪いんだが。


「じゃあ、バイトの後でいいから、私の買い物に付き合ってくれないかな?」


「嫌だ」

 

 即答してやった。

 ただでさえ今日は疲労しきったうえでバイトなのに、その上買い物に付き合うのは正直無理だ。


「え~。私ひとりじゃ荷物が重いんだよ~(ガクガク)」

 

 そう言いながら、俺の体を揺さぶる晶。の、脳が揺れる~。


「ほ、本当に……き、今日は……む、無理だって」

 

 体を揺さぶられながら、俺がなんとかそう言うと、晶は俺の体を揺さぶるのを止めた。

 どうしたのかと思い、晶の顔を見てみると、


「私と買い物に行くの嫌?」

 そう言いながら、晶は俺の顔を覗いてきた。その顔は少し悲しそうで、目に涙が溜まっている。

 

 そ、そんな顔されると罪悪感が………何も悪いことしてないのに……。


『『『……………』』』

 

 ぐっ、周りの視線が痛い。女子の中には「かわいそー」とひそひそ話す声が聞こえてきた。丸聞こえだよ、こんちくしょう。

 こんな状況になって、これ以上断り切れるはずもなく、


「だーもう! わかったよ、バイト終わったら付き合うよ」

 

 こうやって、承諾するしかないわけだ。とほほ……。


「本当? 約束してくれる?」


「ああ、約束する」


「本当!? やったー」

 

 眩しいくらいの笑顔で喜んでやがる。やれやれ…。


「じゃあ、バイトが終わる時間になったら行くね。じゃあ、また放課後~♪」

 

 これ以上ないくらい上機嫌で晶は教室から出て行った。まったく、何がそんなにうれしいのやら。

 晶が出て行った後、教室に喧騒が戻って、一弥と東雲が集まってきた。

 よく見るとなぜか一弥は笑顔でこぶしを作っている。


「なあ、蓮。殴っていいか?」

 

 笑顔が少し怖いぞ一弥。


「はあ? なんでお前に殴られなきゃなんねえんだよ」

 

 別に殴られるようなことをした覚えはないぞ。

 晶を泣かせそうになったのは非難されそうだけど、最後にはなんでかは分からないけど上機嫌になってたからそこまでされる言われはない。


「はは、知らぬは本人ばかりだね」

 

 東雲は苦笑いしながらよくわからないことを言っていた。


「むき~。この鈍感バカめ! 世界のモテない男を代表して天誅だこのやろー」


「うわっ! ほんとに殴るなよ。おい東雲、このバカ止めてくれ~」

 

 こんなやり取りで、朝の時間は過ぎて行った。

 

 徹夜明けで、朝からこんなに暴れて、授業が午後まであり、バイトの後で、晶の買い物に付き合って。

 放課後………。体力持つかな………。




「……………死ぬ……………」

 

 現在、俺の手には食材がパンパンに詰まった袋や、どこかのメーカーの服が入った紙袋がぶら下がり、靴や皿など、他にもたくさんの種類の箱がうず高く積まれている。

 その俺の前で、晶はまた何かを買っていた。

 

 退屈な授業を必死に乗り切り、バイトを気力で乗り切っていると、約束通り、終わりごろの時間に晶はやってきた。


「はい、これもお願いね♪」


「…………」

 

 そして、その後、商店街の店でこのように次から次へと買い物をしては俺に持たせてきた。

 

 ちなみに、晶は、普段あまり買い物はせず、必要なものが出たときに、いろいろ買い溜めをするので、一回一回の買い物の量が多い。

 なので、普段でさえ、晶の買い物に付き合うのはすごくキツイ。

 しかも、昨日から精神的にも肉体的にも疲労の極みにあった俺の体は、現在悲鳴を上げている。


「えっと、次は~」


「まだ回るのかよ!」


「うん♪」

 

 上機嫌で答える晶。

 けど、さすがに、もうこれ以上は限界だ。


「頼む、少し休ませてくれ」


「え~」


「頼む」

 もう必死だった。


「もう、しょうがないな~」

 

 そう言って、きょろきょろと辺りを見回してる―――多分、休めそうな場所を探しているのだろう。

 

 た、助かった…………。もうこれ以上は歩けん……。


「じゃあ、あの公園で休も」

 

 といって、晶が指差すほうを荷物に気を付けながら見てみると、そこは、昨日近道をしようとして、よくわからない(自称)名無しの少女と会った公園だった。

 俺と晶はその公園に入り、手近なベンチに座った。


「あー―、疲れた」


「お疲れ様。まだあるんだけどね」


「…………」

 

 まだあるのか………。

 

 まあ、それでも、今のうちに少しでも休んでおこう。もう足がパンパンだ。


「今日は付き合ってくれてありがとうね」


「約束したからな」


「うん、蓮ちゃんはいつもちゃんと約束を守ってくれるもんね」


「それに、なんだかんだで普段から晶には世話になってるしな」


「それってやっぱり恩返し?」


「まあ、その一つだな」


「そっか」

 

 俺にとって、恩返しと約束はとても大切なことだ。

 だから今まで、交わした約束は絶対に守ってたし、恩は受けたら必ず返していた。


「いつもありがとうね」


「何をいまさら。晶の買い物には今まで何回も付き合っただろ」

 

 その度に大変な思いはしたけどな。


「それでも♪」

 

 うれしそうにそう言う。晶の中では必要な言葉だったらしい。


「そっか」


「うん♪」

 

 晶はにっこりと笑ってそう答えた。

 

 …………まあ、何回も見ているけど、この顔は何回見てもいい。口には絶対出さないけど。

 

 そんなこんなで、他愛ない話をしていると、突然音楽――――晶の携帯の着メロだ―――が鳴り出した。晶は慌てて携帯を取り出した。


「はい、あっ、芽衣ちゃん……うん……あ……ご、ごめんね、忘れてた。……うん、行きたいのは山々なんだけど………」

 

 晶はチラッと傍にいる俺を見た。


「ああ、いいよ。晶の家に置いとくよ。叔父さんと叔母さんはいるんだろ?」


「うん、ごめんね、蓮ちゃん」

 

 そう言って晶は公園の外へ走って行った。

 残された俺は、もう少しゆっくりすることにした。

 

 そうやってゆっくりしていると、ふと昨日会った少女のことを思い出した。


「そういえば、あの子に会ったの、この公園だったっけ」

 

 そう呟いて、巨大樹のあるほうを見る。

 そして、晶の荷物を見る。

 この辺は夜の人通りは少なく物を取られる心配も少ない。


「まあ、少しくらい大丈夫だろ」

 

 そう呟いて、俺は少女と会った場所へ足を向けた。




 ―――――いた。

 

 見間違うはずのないファンタジーな服装、短めのブロンドの髪、きめ細かな白い肌、整った顔立ち、そして、生気のない表情。

 

 昨日会ったあの名無しの少女だ。

 昨日と同じく感情のないその目で俺に視線を向けている。

 

 普通はこんな時間にこんな場所に女の子が一人でいるのは驚くべきことなんだけど、俺は何となくここにいる気がしていたので、驚きはあまりなかった。

 昨日で懲りたはずなのに何故か、また俺はその少女に話しかけていた。


「よっ、また会ったな」


「…………」

 

 無言で返されたがこの程度なら予測済みだ。


「昨日もそうだったけど、女の子が一人こんな所で何やってんだ?」


「……この世界を見ていた」

 

 うっ、またこの電波発言か……やっぱり付いていけん。

 でも、この子質問にはちゃんと答えてくれるみたいだな。コミュニケーションが成立しないわけじゃなさそうだ。


「まあ、人の事に口出しするつもりはねえけど、女の子が一人でこんな遅い時間にいたら危ねえから早めに帰れよ」


「…………」

 

 こうも無言で返されると、この子がちゃんと話を聞いてくれてるのかどうか疑わしくなるな。


「…………帰れ………何処へ?」

 

 少女が突然言ってきた。

 

 お、初めて質問の答え以外でしゃべってくれたな。

 しかし、帰れと言われて何処へって聞くか? 普通。


「そりゃあ、家にだよ」


「…………」

 

 しかし、少女は何も反応しない。

 けど、本当になんでこんな所にいるんだろう。

 格好と言動だけですでにおかしいんだけど、普通、女の子が一人でこんな時間にこんなところにいたら両親が心配するだろう。そこは俺が口出しすることでもないかな?


「まっ、まだ家に帰りたくないんならここにいればいいしけど本当に早く帰れよな。この辺この時間は人通りが少ないんだから」

 

 最後にそう注意してたちあがった。

 そろそろ戻らないと荷物が心配だし、晶が連絡を入れてるだろうから叔父さんと叔母さんも俺を心配するだろう。


「………」

 

 そんな俺を少女はやはり無言で見送る。


「じゃあな」

 

 そう挨拶して、俺は晶の荷物が置いてあるベンチまで戻っていった。




「あ~重かった」

 

 少女と別れた後、あの大量の荷物を晶の家に届けて自分の家に帰ってきた。

 腹が減っていたが、重い荷物を運んで汗もかいていたので風呂にも入りたかった。どちらにしようか迷いながら靴を脱いで家にあがる。


(おっと、鍵ちゃんとかけないと)

 

 そう思って後ろを振り向くと―――


「…………」


 ―――さっき別れたばかりの少女が佇んでいた。


 …………………。

 

 あまりに突然のことで思考が止まった。

 

 何でこいつがここにいる? 

 

 俺は確か公園でこいつと別れた後晶の荷物を家に届けて自分の家に帰って飯にしようか風呂にしようか迷って鍵を閉めるのを忘れて後ろを向いたらこいつがいて…………ああーーわけわかんねー!


「お……おま……。何でここに……」

 

「……あなたが帰れと言ったから」


「えっ!?」

 

 そう言われて俺はさっき公園でやったやり取りを思い出す。


『早めに帰れよ』


『…………帰れ………何処へ?』


『そりゃあ、家だよ』


「…………」

 

 俺の体中が冷や汗をかいているのが分かる。

 確かに俺は家に帰れと言ったけど『誰の』家とは言っていない。けど、なんで『帰れ』と言われて人の家に返ってくるんだ。この子には日本語の常識と言うものがないのか。国語が最低な俺があまりいえたものじゃないけど。

 

 できれば出て行ってほしいけど、今の時刻は十一時で外はもう完全に暗くなっている。

 それに、やっぱり普通なら『帰れ』と言われて人の家に来る人間はいない。この子には何か事情があるんだろう。それなら無理に追い出すことも出来ない。

 

 ………少しくらいならいいか。


「……仕方ねえ、まあ上がれよ」


「…………」

 

 やっぱりというか、少女は無言のまま上がろうとしている。


「ちょっと待て。人の家に上がるときは『お邪魔します』を言うもんだろ」

 そう俺が注意すると少女は数秒の無言の後、


「お邪魔します」

 

 といって上がってきた。うんうん、礼儀は大切だよな。

 しかし、少女は上がってきて俺の前に来ると全く微動だにせず立ったままの状態でとまってしまった。


「あー、その辺に座っててくれ。」

 

 と俺がそう言うとその場にちょこんと座った。小さく座るその姿は少しかわいく感じた。


「………」

 

 しかし座っても無言のままだったので、何か話そうと言葉を探していると、急にまぶたが重くなってきた。

 今日は朝から体を酷使しっぱなしだったからもう限界のようだ。


(飯と風呂はもういいや。)

 

 この睡魔に抗うのは無理そうだ。


「俺は、もう寝るからお前も寝ろよ」

 

 と無言のままの少女に言いながら寝る支度を始めた。


「…………」

 

 俺の言ってることをちゃんと聞いているのか疑問に思ったけど、今は一刻も早く眠りたかったので歯を磨いて布団を二つ敷いて寝る準備を整えた。


「じゃ、おやすみ~」

 

 と言って目を閉じた。

 一瞬この先どうしようとか、自分の部屋に女の子がいるのって晶以外じゃ初めてじゃね、とか俺の横で女の子が寝るのかとか色々考えたけど疲労した体は睡魔にすぐに負け、意識は闇に落ちていった。


         ◆

 

 蓮が寝ても少女は眠ろうとしない。

 

 じっとその場に座っている。

 

 まるで置物のように微動だにしない。

 

 置物のように微動だにしないまま、口だけを動かして何かを呟く。


「現状確認。現在時刻、この世界で午前一時。現在位置、観測場所で遭遇したこの世界の人間の住居。二度目の遭遇でここへ連れてこられた。目的は不明。しかし、この人間は私への悪意はない模様。よって、使命に支障はないものと判断し、適宜行動するものとする。以上で現状の確認を終了する」

 

 少女の言葉は誰にも聞かれることなく闇へと消えていった。

 

 少女は口を閉じるとまた微動だにしなくなった。

 

 周りにあるのは完全な闇。

 

 その中で少女はただ座って自分がついて来た少年をみていた。


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