名無しの少女
素人ですがご容赦ください。
代行者から主へ。
この世界ついての報告。
この世界の人間の特徴について。
まず第一に欲望が深く、それを満たすためならば他者の犠牲もいとわず、人間以外の動植物は食い物となっている。
第二に、肉体が脆く、外的要因によって簡単に命を落とす。
第三に、非常に好戦的で過去に何度も戦いを起こしている。ただし、その数々の戦乱の《記録》の影響で現在は人間同士で何かの取り決めを行い戦いはここ数年起こってない模様。
この世界の様子について。
この世界自身の生命力は、前述した人間の、戦いの影響で不安定な状態であったが、近年は安定したもよう。ただし、自身の欲望を満たすため、世界自身の生命力は減少傾向にある。
その他の報告。
この世界の『歪み』が近年ここ数年で爆発的に増加している。
理由は不明。
以上報告終わり。
《代行者》として、この世界の観察を続けるものとする。
◆
夢を見ていた。
それはいつもの夢。
現実味がない、けれどリアルな夢。
今日も、その理由の分からない夢を誰かの視線で見ている。
そこは人がたくさんいた。
みんな椅子に座って前を向いて熱心になにかを机の上の紙に書き込んでいる。
前には大きめの黒板があり、かなり年をとっていそうな老人が黒板を指しながら何かを喋っている。
その様子から分かるように、ここは教室で今は授業の最中のようだ。
それは、俺のよく知るごく一般的な授業の光景だった。授業の夢を見る人間などあまりいないと思うが、まだ不思議と言える程ではない。
周りの生徒と思しき人物が日本人にはありえない金や銀の髪を持つ人でなければ。
そこまではいい、俺はよく知らなくても海外の一般的な授業の風景かもしれない。
よく知らない風景を夢で見るのもおかしな話だが、まだありえない話ではない。現実にもあるであろう光景だし、映画か何かで見た可能性がある。
「魔法とは、体の中の魔力をさまざまな形で体外に出す行為のことをいい………」
しかし、教師の話す内容はこんなので、話を聞いている他の生徒や教師がみんなローブのようなものを着てまさに魔法使いといった風貌だったら世間で言う現実にある一般な授業風景とはいえないだろう。
現実にこんな魔法使いのような服が征服である学校があるはずがないし、まして魔法がうんたらすんたらなんてことを教える授業があるはずがない。
夢とは基本的に意味不明なものが多いらしい。
俺の見る夢も確かに意味不明だけど視界がやけにリアルではっきりとしていて、はっきりと夢だと分かる。いわゆる明晰夢というやつだ。
「魔法を使うのに大切な事は自分の中に魔力があると言う事をしっかりと意識する事で……」
認識できる夢と言うのは意外と面白いと思うかもしれない。
けど、はっきり言おう………全くつまらないと。
「魔法を使うだけなら覚えれば誰しもが使うことが出来る。一言程度の呪文で簡単に出来る。そして、長い呪文を唱え、方陣などによって制御し、コントロールするのが魔法士と呼ばれるもので……」
話の内容はさっぱり分からないし、何故かいつも体を動かしたり声を出したりすることが出来ない。つまり、完全に『見ているだけ』だ。
「呪文には決まったものがあるわけではない。起こしたい現象を言葉にすることで、魔力を使ってその現象を体現することができ……」
早く終わらないかなとボーっとその光景を眺めているとふと視界がゆがんだ。目が覚める兆候だ。
今回の夢はこれで終わりか。結構短かったな。
さて、現実に戻るか。現実では今何してたっけ。
そんなことを考えながら意識が闇に沈んでいった。
◆
目が覚めると、そこは教室だった。
一瞬夢が続いてるのかなと思ったけど、周りの生徒はみんな見慣れた制服を着て、黒板には見慣れた文字が書かれているのでちゃんと現実のようだ。
しかし、その生徒たちの視線は俺に注がれていて皆『あちゃ~』というような表情をしている。
そして俺の席のすぐ傍にはこれまた見慣れた古文の教師が立っていて顔は笑っているがよく見ると血管がピクピクしているのが見える。
この状況が指し示すこととは、
「6時限目の古文の授業だったが授業内容がまるで分からず、眠っていて今起きたということで……俺現在大ピンチ!」
バチンッ!!
教室に俺の頭が出席簿で叩かれた音が響き渡った。
「……まだひりひりする」
「あっひゃっひゃ! いつ見てもおもしれえよな、炸裂出席簿」
「二年になってから通算五十回突破だね」
俺、日比谷蓮の言葉に親友その一の九十九植朔は爆笑しながら、親友その二の東雲(下の名前は何故かずっと知らない)は微笑を含みながらそれぞれの反応を返していた。
そして爆笑していた植朔は少し真面目な顔になって、
「それで、寝てるとき何か呟いてたけど、またあれか?」
「……ああ」
植朔の質問に俺はそう答える。
「いつも思うけど、本当に不思議だね。そんなに見たことのない風景の明晰夢を見るなんて普通ないと思うんだけど」
「そうだよな~」
俺は多分ごく普通の高校生だ。
多分がつくのはそうだと断言できないからだ。
断言できない理由というのが俺がよく見る明晰夢だ。
俺はよく夢を見る。ありえないくらいの頻度で。しかも内容は鮮明でリアル。そして、その全部がいつも夢だと自覚できる明晰夢なのだ。
大概はおきたら内容は忘れているんだけど、いくつか記憶に残るものもある。世界がどーたらすんたら、魔法がどーたらすんたらファンタジーに出てきそうな内容ばかりだったが……。
このことを知っているのは親戚とこの二人のみだ。
別にひた隠しにするつもりはないけど、周りに喋るつもりもない。喋ったところでおかしな奴扱いされるだけだろう。
小学校のときはそれが分かっておらず、失敗して変な子供として扱われ孤立していった。
そんな俺に近づいてきた奇特な奴がこの二人だったのだが、それはまたいつか別のときに語ろう。
そんなことを考えていると植朔が突然―――
「おっ、あのお姉さん美人だなぁ~」
とすれ違った女性のほうへ振り向いてそんなことを言い出した。
「またかよ……」
「まただね」
相変わらずの脈絡のない駄々漏れの植朔心の声に俺は気だるそうに、東雲は苦笑しながら返す。
今の言葉によって一瞬で話題と空気が変えられた。こういうところは良くも悪くも植朔らしい。
「相変わらず蓮と東雲はそういうのに興味が薄いよなあ」
「別に、興味がねえわけじゃねえよ」
「僕も恋愛にはそれなりに興味があるさ」
そんなことを話しながら、放課後の住宅地を歩いていく。
こんなやり取りはもう日常だった。
学校一の秀才と名高い東雲、学校一のバカと名高い一弥、そして俺。
全員タイプがまるで違うのに、何故かずっとこの三人でつるんでいる。
夢以外は変わらない毎日だったが、俺はその日常は嫌いじゃなかった。
柄にもなくそんなことを考えていると、いつの間にか話題が美女の話から学校の話へシフトしていた。ほんとにこいつらはすぐに話題を変えるな……。
「毎度思うけど、高校の勉強って将来何の役に立つんだろうなあ」
一弥よ、それは全国の高校生が心の内で思っているが口に出してはいけない話題だと思うぞ。
「それを言っちゃおしまいなんじゃ……」
「ただ単に授業が嫌なだけだろ」
俺がそう突っ込むと、
「うっ、まあそれは置いといて、明日って古文の課題の提出日だったよな。蓮、課題終わってるか?」
「えっ!?」
そんなの初耳だ。
「あ~」
「東雲、その残念だね的な『あ~』は止めろ!」
「……すまなかった」
「おまえも、その哀れむ視線をやめろ!」
二人のこんな態度には理由があった。
俺たち三人の通う神凪学園の教師は厳しいことで有名で、課題を忘れた生徒はその日の 放課後に補習を受けさせられるのだ。
それだけなら、このまま早めに家に帰って課題をやれば済む話なんだが、俺は荷物を減らすため、いつも教科書やノートを学校に置いてきているのだ。
その上、
「冗談じゃねぇ。明日のバイト行かないと今月やばいんだよ……」
俺はある事情で現在一人暮らしだ。
そして生活費は自分でバイトして稼いでいる。さらに今月は予想以上に出費が多かったので今現在俺の財布の中には野口さんが数枚しか入ってなくピンチだ。なので明日行く予定になっているバイトにいけないとなると正直やばい。
そうなると選択肢は一つだ。
「しゃーねー。ちょっくら取りに言ってくるわ。じゃーな」
といいながら踵を返す。
「おうっ、じゃあなっ」
「健闘を祈っているよ」
挨拶をして俺は走り出した。
少し走ると、この辺で一番でかい公園が見えてきた。
いつもは通らないんだけど、芝生や生垣を突っ切って直進すると近道になる。
(やれやれ、近道するか)
もう一度学校に行くのがこの上なく面倒だった俺は近道を通ることにした。
「ふぅっ」
生垣を抜けてきたこの場所は天ヶ瀬公園という社川市で昔からある自然の多い大きな公園で、百メートルはある巨大な木のことで有名である。そして、周りが柵ではなく生垣で囲われているので俺は急いでいるときの近道にしている。ここを通ると片道で十分程時間が短縮できるから便利なんだよ。ちなみに今学期のこの道の使用回数は既に五十回を超えている。
(さっさと取りに行かねえと)
課題を早めに終わらせたかった蓮は早足で学校のほうへ歩いていった。
しかし、歩きだしてすぐにあることに気がついた。
(……?)
公園の雰囲気がいつもと違う。
そんなにこの公園に来ることもないが、曜日によって子供が遊んでいたり、カップルがいたりと、この公園はその日ごとにいろんな雰囲気になっている。
いつもこの公園に来るたびに、俺はその雰囲気の違いを楽しんでいた。
(……けど)
そんな、いつもの公園で感じていた雰囲気とはまるで違う。
どういうところが違うのかはよく分からなかったが、俺は確かにこの公園がいつもと何か違うのを感じていた。
そのままいつもと違う様子の公園を歩いていると公園のシンボルの巨大樹の根元に人影が見えてきた。
普段なら気にも留めないけど、何故かそれに惹かれて俺の足は自然に止まっていた。
向こうがこちらに気がついたようにゆっくりと振り向いた
「――――っ」
そんな言葉しか出ない程その人影は異彩を放っていた。
見た感じは正直いえばかわいい少女という感じだ。やや短めのブロンドの髪に、整った顔だち、北欧系の白い肌が儚げな印象を与えてくる。
しかし、その服装は見たことがないものだった。
上下ともに、白と黒を基調としていて、ノースリーブの服と膝の辺りまである大きめのスカートに見たことのない装飾が施されたファンタジーの世界に出てきそうな服だ。
(……けど)
「………」
一番不思議なのは、その表情だ。
少女の目には生気がまったく宿っておらず、自分を見ているのかどうかすらも定かではない。顔はこちらに向けていても意識は全く向けていないような感じだった。
その顔からは感情は感じられず、ただ、そこに存在しているだけのような、そんな印象だった。
関わってはいけない。俺の本能がそう告げている。
しかし、そろそろ日も暮れる時間帯で女子が一人でいるのも危ないし少しの好奇心もある。
時間にして十秒も経たなかったが俺の頭の中での心配&好奇心VS本能の激しい戦いの末に心配&好奇心が辛くも勝利し目の前の女子に話しかけることにした。
「えっと……。あの、こんちは」
こういう時に語彙が貧弱な自分がいやになる。
「………」
しかし、帰ってきたのは無言だった。というより何も聞いてないように無反応だ。
この間は俺には耐え難い。
「……あの……聞こえてる?」
「……(コクリ)」
と、ゆっくりとした動作で肯定の意を示してきた。
口下手なのかな? それとも、やっぱり俺の喋り方が悪かったのかな?
そういえば、知らない男に急に話しかけられたら、そりゃ警戒もするか。まずは自己紹介するのが妥当だよな。
「俺の名前は日比谷蓮。君は?」
自分で言っててなんだけど、まるで下手なナンパみたいだな。
さあ、どうくる。無反応か、それとも警戒されるか。
「……私に名はない」
「………えっ?」
全く予想していない答えが返ってきて一瞬彼女が何を言っているのか理解できなかった。
(名前がない? 名前を名乗りたくないってことか?)
やっぱり警戒しているのかなと思っていると、少女は言葉を続けてきた。
「名とは人が作り出した個体識別コード、それは私には必要ないもの」
話しかけたのを後悔してきた。
なんだこの子。巷で言う電波系ってやつか? 電波系の話についていくなんて芸当俺には出来ないぞ。時間を遡れるならさっきの心配&好奇心VS本能の戦いで心配&好奇心を蹴散らしたのに。
正直早くここを立ち去りたいが、さすがに今すぐこの場から逃げたら失礼だろう。
(こうなったら当たり障りのない話題で会話を終了にもっていこう。うん、そうしよう)
そう決めたら即実行だ。
「か、変わった服だなそれ。自分で作ったのか?」
女子と言えば服だろうということで服に関する話題はどうだろう。
「この服は、私がこの世界に生み出されたときから着ていたもの」
1つ目でもう挫けそうになってきた。
「……ど、どこから来たんだ?」
頼むから宇宙とか言わないでくれよな。
「私はこの世界からはまだ移動していないため、その質問には回答することができない。」
だ、大丈夫。俺はやればできる子だ。
「………り、両親が心配してるんじゃないかな?」
お願いします。一度でもまともな答えを返してください。この通り。
「私は主によってうみだされた。よって、両親なるものは私には存在しない」
耐えろ! 耐えるんだ、俺の精神力!
「…………よくみたら、君ってかわいいね」
ヤケクソだからって何言ってるんだろうな俺…………。
「私の使命に、そのような要素は必要ない」
「すまん、俺はここで! 」
精神的耐久値が0になった俺は空気とかを無視して全速力でその場から逃げ出した。
「ぜぇぜぇ……。何なんだ、あの、電波少女。俺の精神力じゃ、あの会話について行くことも、あれ以上あの場にいるのも無理だったぞ……」
ああいうのに関わったら、ろくでもない未来に直行だ。
(……けど)
落ち着いて、さっきの光景を思い出してみる。言ってることは意味不明だし、服装もちょっと・・・いや、かなり変わっていたんだけど――――
「結構可愛かったな」
………………。
「って、何今そこで会って少し話した(ちゃんとした会話になっていたかは微妙だけど)だけの少女の顔を思い浮かべて『可愛かったな』なんて呟いてるんだよ、俺は! それじゃまるで一弥じゃねえか!」
そうやって自分に突っ込みながら、時計を見てみると、結構な時間になっていた。
「っと、今は、こんなことしてる場合じゃなかった。早くノート取りに行かねえと」
全力疾走後なので、少しゆっくりと校舎の中へ入っていった。
「ふー。早くやっちまわねえとな。」
ノートを取って廊下を歩いていると、いろんな音が耳に入ってくる。機械が動く音、部活の掛け声、廊下を歩く足音。そして俺を呼ぶ声―――
「おーい、蓮ちゃーん」
さて、さっさと帰って、この課題を早く終わらせよう。
「……? 蓮ちゃんってば、おーい」
あの子と話してて、時間食っちまったからな。近道なんてするんじゃなかったな。
「聞こえてないのかな? おーい、蓮ちゃんってばー」
課題、今日中に終わるかな。かなり大量にあるし。
「蓮ちゃんっ。蓮ちゃん蓮ちゃん蓮ちゃん蓮ちゃん蓮ちゃん蓮ちゃ――――」
「だあっ! その呼び名を連呼するな!」
「あっ、やっと気付いてくれた。私、何回も蓮ちゃんのこと呼んだんだよ?」
「知ってるよ! 一言一句全部聞いてたよ!」
俺のことを『ちゃん』付けで呼ぶこの女子は日比谷晶。苗字からも分かるとおり俺の従姉だ。
小さい頃から一緒なのだが、困った事に子供の頃の『ちゃん』付けの呼び名を今でも使うから恥ずかしいことこの上ない。
「聞こえてたなら何で返事してくれなかったの? 蓮ちゃん」
「『ちゃん』付けで呼ぶからだよ! っていうか何でいつまでも『ちゃん』付けなんだよ!」
「? 蓮ちゃんは蓮ちゃんだよ?」
何を当たり前のことをといった様子で首を傾げてやがる。この従姉は・・・・。
「とにかく! 『ちゃん』付けは止めろ。いいな?」
「え~~」
「い・い・な?」
「は~い」
「よし。……ところでこんな所で何やってんだ? まさか居残りか?」
「ちっ、違うよっ! 生徒会の仕事で残ってたんだよ。そういう蓮ちゃ・・蓮くんはどうしてここに?」
言い忘れていたけど、晶はこの学園の生徒会長だったりする。
「っと、こんなことしてる場合じゃなかった。課題やらないといけないから帰るわ」
「そうなんだ。引き止めてごめんね。それじゃ、私もいくね」
そう言って晶が去っていった。
さて、俺も帰るか。
「じゃーねー。蓮ちゃ~ん」
「………」
……もういいや。
外はもう既に、かなり暗くなっている。ぐずぐずしていないで、早く帰って、課題をやろう。
学校を出て見上げてみると、公園の巨大樹が目に入った。すると自然とあの名も知らぬ少女の姿が浮かんでくる。
おかしな服装、おかしな言動、生気の感じられない表情、そして、整った顔。あのまま逃げてしまったが、今頃どうしてるんだろうか。
別れも言わずに、いきなり逃げてきたので、少し気にはしている。
しかし、もう一度会って、あの気まずい空気になった上に、電波話まで聞かされるのは俺の精神が持たないので、遠慮願いたい。
さっき話してから結構な時間が過ぎていたのでもうあの公園にいることはないと思うが、なんとなく、また、あの公園を通るのは躊躇われた。
「『急がば回れ』だな・・・」
そうして俺はいつもの道を通って家路についた。
最後まで読んでくださったのなら誤字脱字や悪い点など、どんどん指摘してください。