レンガの小径(予期せぬ衝撃)
「起立」
何度目だろう。先生の号令で全員が立ち上がった。式の途中、何度も立ち上がって気をつけの姿勢をとるたびに、沙緒理はまもなく終わるという期待と姿勢の変化がもたらす激しい尿意が重なって、思わず失禁してしまいそうな感覚に襲われていた。
礼をしたあと、前のほうで列が乱れた。遼希のまわりに人が集まりだし、声をかけているのが分かった。
《遼希・・・、えっ、遼希がまさか・・・》
女子の列の、彼より5人ほど後ろに並んでいた沙緒理からも、彼の明るいデニムのジーンズに水が流れたような筋がいくつもついていて、足もとの地面にも水をこぼしたような黒いしみができているのが見えた。
華奢な身体つきで、細いジーンズにショートジャケットを着こなしていた遼希は、すぐに何人かの人に取り囲まれてしまった。それらの人の隙間から、時おり身体だけ見える彼の後姿は、まるで女の子に見間違えてしまうようだった。
「遼希、おしっこ漏らしちゃったんだ・・・」
遼希は、おもらししたショックから気を失いそうになり、駆け寄った担任の女性教師の肩に倒れかかった。しかし、すぐ気を取り戻し、彼女に連れられて保健室へと続くレンガの道を登っていった。女性教師は歩きながら自分のジャケットを脱ぐと、遼希の丸くてかわいらしいおしりに巻いて、それを覆い隠した。
その後予定していた「休み中の注意事項」の連絡は中止となり、課外学習の終了式はようやく解散となった。
式の間、自分もずっとおしっこを我慢していた。連休前のこの季節にしては、寒い日だった。もし、式があと5分延びていたら、ふたたび座って立ち上がったとき、きっと自分も我慢できず、遼希と同じように漏らしてしまったかもしれなかった。
ざわめきの残る校庭をあとに、沙緒理は遼希が失敗したおかげで自分が難を逃れたことを悟りながら、急いでトイレへと向かった。
トイレから出た後、沙緒理はレンガの道の先の、遼希のいる保健室のほうを見遣った。
「沙緒理、いっしょに帰ろ」
「うん」
同じクラスの女友達に誘われるまま、沙緒理は遼希が気になりながらもそれをおくびにも出すことができず、いつもと変わらない表情を装いながら、後ろ髪引かれる思いで学校をあとにした。