白い洗面器(最初で最後の思い出)
麻衣は近くの公園でかくれんぼに夢中になっていた。最後にかくれていたときに、初めて自分の尿意が高まっているのに気がついた。夕暮れが迫り、麻衣のしゃがんでいた低木の陰は日が当たらず、寒気が麻衣の身体を包んだ。また、鬼役の男の子がなかなか探しに来ないことで、心細さも感じていた。
その男の子は、麻衣よりも2学年上の上級生で、やさしく落ち着いていて、麻衣は彼のことを信頼していた。そして早く見つけに来てもらいたい、そう願っていた。
しかし、その男の子はなかなか来てくれなかった。遠くのあちこちで、見つけられた歓声が響く中、麻衣は自分が取り残されていくような淋しさを感じていた。
そうした感情と、寒さ、そして時間が、麻衣の尿意を高め、麻衣はその場でしゃがみながらじっと力を込めて我慢していた。
「麻衣ちゃん、みーつけ」
やっと見つけに来てくれた彼を見た瞬間、麻衣の心に衝動的に、彼を困らせようという思いがよぎった。この人ならきっと自分を守ってくれると直感したからだ。なかなか自分のところに来てくれなかった抗議の意味も含めて、彼に甘えた。
「麻衣ちゃん・・・どうしたの?」
麻衣の様子がおかしいのを心配した彼の言葉を聞いたとき、麻衣は思わず、我慢していた力を解き放った。自分のパンツの中に熱いものがあふれだすのを感じた。それはすぐにおしりへ広がったあと、かすかな音を立てて草の上に滴り落ちていった。
麻衣は、自分がわざとしたことなのに、男の子の前でパンツを濡らしたことが急に恥ずかしくなり、その場で泣き出した。そしておしっこを途中で止めてしまった。
「麻衣ちゃん、ごめんね、見つけに来るのが遅くなって・・・」
一方、彼は、純粋に麻衣がおしっこを我慢できずに漏らしてしまい、それが悲しくて泣いていると理解した。そして、なかなか見つけに来なかった自分にも責任の一端を感じていた。
それでも、麻衣がまだおしっこを出しきっていないと悟った彼は、小声でやさしく麻衣にささやいた。
「いいんだよ、麻衣ちゃん、ぜんぶ漏らしちゃって。お兄ちゃんが何とかしてあげる」
信頼できる彼の言葉に、麻衣の身体が反応した。麻衣は顔を覆って泣きながらも、心を解き放つようにおしっこをあふれさせた。冷たくなりかけたパンツにふたたび熱いものが広がり、地面にあふれ落ちていくのを、麻衣も彼も感じていた。
その後、麻衣は彼に連れられるまま家路についた。かくれんぼはそれで終わりとなった。彼はみんなに、
「麻衣ちゃん、具合わるいみたいだから、送ってく」
と言って、麻衣に気を遣ってくれた。
そのことがうれしくて麻衣はまた泣いた。歩きながら、パンツから冷たいしずくが時おり太腿へ伝うのを感じながらも、麻衣は暖かい気持ちになった。
家で彼が訳を話してくれたおかげで、麻衣は母親からも叱られることがなかった。麻衣は暖かい部屋の中で服を脱がせてもらい、濡れたところを拭いてもらった。
麻衣にとってはそれ以後二度とできない、最初で最後の「わざと」おもらしした暖かな思い出だった。それは大人になるにつれ、社会性を身につけた強がる自分が、知らず知らずのうちに心の奥にしまいこんできた。
でも今日、思いがけず翔人の前で吐き、そしておもらししてしまった自分は、あのときと同じ、か弱く、幼い自分のように麻衣は思った。
そして、翔人という恋人の前で、そういう自分でいられることがうれしい・・・そんなふうに感じていた。それは麻衣自身が大人になって初めて感じた気持ちだった。