白い洗面器(陽だまりの気持ち)
恥ずかしいのに、気持ちいい脱力感を麻衣は感じていた。背中に翔人の手の暖かみが残っていた。
吐いたときの動悸や、やるせない気持ちが落ち着き、ふたたび横になろうと体勢を変えようとしたとき、麻衣は普段とは違う下腹部のあたりの感触に気づいた。それは昔感じたことがあるような感触でもあった。
麻衣は、ふたたび動悸に襲われた。でも、すぐに立ち上がってどうにかするほどの体力はまだ快復していなかった。
洗面器の中味をトイレに流し、バスルームで洗って戻ってきた翔人にも、自分の動揺した様子を見透かされてしまった。翔人は、麻衣のベッドに腰掛け、彼女に話しかけた。
「麻衣、どう、すっきりした?」
麻衣は、さっきと同じうつぶせのまま、自分の腕の上に載せた顔を少しだけ翔人のほうに向けていた。気持ち悪さとは違う、麻衣の困った表情を読み取った翔人はふたたび訊ねた。
「麻衣、どうかしたの?」
麻衣は、哀しそうな目をしながら、少しためらったあと、小さな声でささやいた。
「ねえ、翔人くん、笑わないで聞いてくれる?」
「うん、何?」
「おしっこ・・・、漏らしちゃったみたい」
「え・・・? ちょっと、いい?」
翔人はそう言って、そっと麻衣の掛け布団を剥いでみた。下腹部のまわりのシーツは、あまり変わった様子はないように見えたが、翔人が麻衣の身体を横向きに抱き起こすと、薄手の白いサブリナパンツが、下腹部のあたりを中心にひざの上まで濡れていて、シーツにも濡れたあとが広がっていた。
「吐いたときに・・・いっしょに、おしっこしちゃった」
麻衣は子どものようにおどおどと言い訳した。翔人に呆れられることを覚悟していた。でも翔人は違った。
「吐いたときの腹圧で、出ちゃうんだよね。分かるよ、そういうの。とにかく着替えようか」
翔人はやさしくそう言うと、バスルームへタオル類を取りに立った。部屋を出る前に、彼はもう一度麻衣のほうを振り返って、
「誰にでもあることだから、気にしないでね」
と声をかけた。
麻衣ははにかんで微笑んだ。
うつぶせの身体を横にして、おもむろに起きあがろうとするとき、麻衣は下腹部に濡れた衣服の温かい衣擦れを感じた。
それは遠い昔に感じたことのある感覚だということを身体が覚えていて、麻衣は静かな気持ちになった。暖かな陽の差すベッドの端に腰掛けると、麻衣は自分でパンツのホックを外そうとした。
前面がぐっしょり濡れたパンツは、座ったままではホックもファスナーも外しづらかった。ちょうどタオルをたくさん持って戻ってきた翔人がそれを見て、
「麻衣、ちょっとだけ立てる?」
と言って、腰をやさしく抱きかかえるようにして立たせてくれた。そして、そのままパンツのホックを外し、ファスナーを下ろしはじめた。
麻衣は、なぜか翔人に身をゆだねた。吐いたあとで力が入らないことも確かだったが、それだけの理由ではなかった。自分のサブリナパンツが足もとまで下げられ、翔人に自分の濡れたショーツや太腿をさらすことも、不思議と抵抗はなかった。そして、
「いい?」
と一言だけ断ったあと、翔人は彼女のショーツを脱がせた。それを足もとまで下ろすと、さっき下げたパンツといっしょにして、麻衣の脚を片方ずつ持ち上げるようにしてくるぶしから外した。そして恥ずかしくないように、すぐ間をおかずにタオルで下腹部や太腿などを丁寧に拭いた。
翔人は、麻衣のサブリナパンツを広げてみると、
「これなら薄いし、洗って2,3時間もあれば乾くよ」
と言って、ショーツといっしょにバスルームに持っていった。
翔人は、バスタブに洗濯物を入れ、少しお湯を満たすと、ボディーソープを数滴入れ、足踏み洗いした。そして新しいお湯ですすぎ、それらを手でしぼったあと、ホテルの係に余分に持ってきてもらったバスタオルにくるみ、そこに自分のおしりをのせるようにして体重をかけ、水気を取った。
新しいショーツを穿いた麻衣は、翔人のベッドに移り、翔人の布団をかぶりながら、てきぱきとこなす彼の後姿を目で追いかけていた。
麻衣は、次第に気持ちが落ち着いてきた。そしてさっきまでの出来事を思い返してみた。翔人に背中をさすってもらい、彼の前で吐き、そしておしっこを漏らした。でも、彼は吐いたものを処理し、やさしく脱がせてくれて、濡れたところを拭いてくれて、洗濯までしてもらった。
麻衣は陽だまりに包み込まれるような優しい気持ちを感じていた。
《翔人、まるでお母さんみたい》
そんな思いとともに、翔人の匂いのするベッドの上で、麻衣はまどろんだ。さっきまでの様子が、小学生のときの記憶と重なり、麻衣の脳裏によみがえってきた。