卒業旅行(あとがき)
この作品では、おもらしした相手が急に大きく見えてくることへの葛藤を描いています。
子どもの頃、それまで気に留めていなかった異性が、おもらししたことをきっかけに急に気になりだした記憶って、あると思います。その切なくなるような気持ちを表現したくて書いてみました。
冒頭、彼氏の海斗は、あとから考えればものすごい勇気をもって、おもらしすることになります。もし、その出来事がなければふたりの仲はきっと終わっていたわけですから、その情景は丁寧に書きたいと思いました。
エピローグでの会話で、彼はわざとおもらししたのかと紗季に訊かれています。恋の先行きへの不安や彼女に冷たくされている淋しさといった感情が、我慢する気力を阻むほうに作用したことは間違いありませんが、先に車中で多めに水分を摂っているので、彼女の前でおもらししても仕方がない状況をつくる、いわば「自分に対する未必の故意」の状態だったといえます。そうする可能性を心のどこかに秘めつつ、最後に車が止まったときの彼をとりまく状況から、彼は勇気を出して決断したのでしょう。
その後、衝撃を受けた紗季の心が次第に乱されていく様子を表現していますが、漏らした海斗のほうは、どうだったのでしょう。
彼女の前で思いきっておもらししてみたものの、彼自身にとってもやはりそれは衝撃で、最初は自分の状況をあまり掴めない状態だったと思います。彼女が自分の服を脱がせようとすることも素直に受け入れています。きっと彼は過去にもおもらしした経験があるはずで、そのときの心情もふと蘇ってきたことでしょう。すぐに彼女が親身に着替えの世話をしてくれたことで、その彼女に甘えたり、優しくされたいという気持ちが芽生えたはずです。
やがて、自分のしたことの大きさと、彼女に服を脱がされ、裸も見られていくことで、彼氏として猛烈な恥ずかしさが襲ってきます。しかし、それと引き換えに、おもらしという性的にも恥ずかしいことをした自分を彼女にしっかり受け止めてもらえたことで、彼女の愛を確かめることができたと実感します。そして、着替えさせてくれた彼女の手つきや表情から、彼は猛烈な恥ずかしさの中にも、おもらししたことで彼女を衝撃的に魅了できたことを察し、その後コテージでひとりになって落ち着いたとき、不思議な感動に似た気持ちを覚えたに違いありません。この時点で彼が完全に優位に立ち、彼はうれしくて明るく振舞うようになります。
その後の彼女は、いわば彼に振り回される立場になります。彼女にすれば、彼から受けたセックスアピールや、ものおじしない彼の健気さから、彼が大きく、あるいは放っておけない、特別な存在に見えてきます。しかも別れまでほのめかされることで、心に穴が空くほどの不安や淋しさに襲われます。その気持ちが、やがて彼女にもおしっこを我慢することを難しくさせます。
しかし、いまの自分の気持ちは、さっき彼がおもらししたときと同じ思いであることに気がつきます。彼に自分の心情を吐露するにつれて、彼女ははじめて彼に甘えようとする気持ちも芽生えてきます。不安や淋しさ、怖さ、甘え、それらの感情によりどんどんおしっこが我慢ができなくなっていく状態の中で、彼女は自分もおもらしすれば、それらの気持ちを解決できることを知ります。
これも彼からみれば「わざと」かもしれませんが、彼女にしてみれば、それらの感情がかなり作用して、いわば「失禁」に近い状態だったといえます。彼女が「この歳になって・・・」と自分のショーツをさするところに、それが表れています。
こうして、おもらしという恥ずかしい出来事を通して心の奥底を見せあえたふたりは、固い絆で結ばれることになります。
実際には、彼氏や彼女の前でおもらしするには、かなりの勇気が必要ですので、晩秋の肌寒い環境と高原リゾートという非日常空間をバックに描きました。おもらしした後の相手も、紗季のように献身的になってくれればいいのですが、恥ずかしさや衣服の犠牲などを考えるとハイリスクな冒険ともいえます。ですが、あってもおかしくない、あったとしたら心温まる物語=ファンタジーだと思い、書いてみました。
(「あとがき」終わり)