心の束縛(エピローグ~恋のプロローグ)
それは静かだった。かすかな水流と、綾乃の背中がさすられる音だけが部屋に響いていた。
綾乃のショーツの中は、とめどなくあふれ出た温かいぬくもりがくすぐっていた。両脚を伝って足もとを中心に生まれた水たまりが、陽の差し込む木の床にまるく浮いてゆっくりと広がり、稜の足もとまで濡らしていた。でも、彼は動こうともせず、綾乃をしっかりと抱いていた。
綾乃のワンピースから伸びるコットンのレギンスは、黒色だったためさほど目立たないものの、太腿からかかとにかけて、無数の水流のあとが残っていた。かすかな音が止んだあとも、水たまりはまだゆっくりと広がり続けていた。彼が背中をさする手が、ゆっくりと止まった。
ふーっというため息とともに、綾乃は、横顔で彼に目配せして微笑みながら、自分の足もとに目をやった。
「おしっこ、間に合わなかった・・・」
「うぅん、綾乃、よくがんばったよ」
「せっかく稜くんに気を遣ってもらったのに、結局漏らしちゃった」
「気にしないで。でも、綾乃すごく気持ちよさそうにおしっこしてたね、ぜんぶ出た?」
「うん・・・」
まるで束縛と葛藤から解放された安堵感が全身を包んでいた。今まで何度かおもらしはしたことはあっても、こんなにうれしくて爽やかな思いをしたのは初めてだった。
「ちょっと待ってね」
稜は、すぐにバスルームからバスケットに入った白いバスタオルを持ってくると、1枚を暖かい窓辺の床に敷いて、その上に綾乃を立たせ、もう1枚を綾乃のつくった大きな水たまりにやさしく覆いかぶせて隠した。
「レギンスがびしょびしょだね。気持ちわるいでしょ? いま脱がせてあげる。恥ずかしいけど我慢してね」
稜はワンピースの裾をたくし上げて綾乃に持たせ、ゆっくりと両脚に張りついたレギンスを下ろしていった。素肌が風に包まれるのと同時に、水をたっぷり含んだショーツから、水滴が太腿を伝っていくのを、綾乃は感じた。
解放された感覚が落ち着くにつれ、レギンスを脱がされることで次第に高まっていく恥ずかしさを感じていたとき、そんな綾乃の気持ちを察して稜が声をかけた。
「綾乃・・・、綾乃は、僕といっしょだよ」
綾乃は彼の言葉に耳を疑った。稜は綾乃の目をちらっと見たあと、服を脱がせる手を休めずに言った。
「トイレに行けないって分かったとき、おしっこしたくてたまらなくなるの、僕もだったんだ・・・」
「稜くんも・・・?」
綾乃が小さな声で訊いた。彼は恥ずかしそうに続けた。
「何度か、我慢できなくて・・・今日の綾乃と同じように・・・。脱がされるのは恥ずかしくてイヤだったけど、でも、あとから思い出すと、そのときのことが、まるで陽だまりのように感じるんだ」
「稜くん・・・」
「だから、綾乃の気持ちはよく分かってる。きっと恥ずかしいと思うけど・・・いま綾乃はすごく素敵な自分の魅力を存分に僕に伝えてくれているから・・・、だから大丈夫だよ」
稜は綾乃のレギンスをかかとまで下げ終わった後、ショーツを下げると、一緒に彼女の足首から外した。そして、両手にタオルを持ち、片方で下腹部を押さえて水分を取りながら、もう片方をおしりや太腿に回し、濡れたところを残さないように丁寧に拭いた。
おしっこを拭くときの、そういう彼の慣れた段取りや手つきを見て、
≪彼もきっと私と同じ・・・≫
と、綾乃は思った。
「またこうして着替えさせてあげるね」
そうささやく稜に新しいショーツを穿かせてもらうと、さっきまで綾乃が感じていた恥ずかしい気持ちが、少し甘酸っぱい解放感に変わっていった。
そして、彼女の足もとで、内股ぎみにしゃがみながら世話してくれている稜のジーンズの腰つきが、かわいらしいとさえ思えてきた。
そんなふうに綾乃が思ったことを稜は感づいたのかもしれない。稜がいっそう内股に身をくねらせていることに、綾乃は気づいた。
「稜くん、どうしたの?」
「・・・だいじょうぶ」
「何か、様子が変よ・・・言ってみて」
「・・・」
「私にできることがあったら、力にならせて。ここまでしてもらったんだし」
綾乃が見下ろしている稜の腰つきが、さらに身をくねらせているように見えた。
《稜くん、おしっこしたいの? それならいまトイレ行っておいでよ》
綾乃がそう言えば済むことだった。
でも、綾乃はそんな単純に言ってしまいたくはなかった。
しかし、それは逆に、このまま稜におもらしをさせてしまうことになるかもしれない。彼がすごく恥ずかしい思いをしてしまって、良いのだろうか・・・綾乃は考えた。
綾乃がふと稜の首もとを見ると、彼の鼓動が波打っているのが見えた。綾乃の言葉次第では、自分がこのままおしっこを漏らしてしまうことになる、稜はそれが分かっていて、あえて言葉を待っているのだ・・・綾乃は彼の気持ちを察した。
無理しない自分を受け入れてもらうことが、互いの距離をぐっと近づける・・・綾乃はその意味をかみしめていた。
一呼吸おいて、綾乃はあえて言った。
「ごめんなさい、私がおもらしして、私のお世話をしていたせいで・・・稜くん、おしっこ我慢できなくなっちゃったんでしょ・・・?」
綾乃がそう言うと、稜が切なそうな表情で綾乃を見上げた。稜の鼓動がいっそう高まった気がした。綾乃は思いきって続けた。
「いいの、こんどは稜くんのお世話、私がしてあげる番・・・」
綾乃の明るい声に、稜ははにかんで微笑んだ。稜が、綾乃の前でこのままおしっこを漏らす、そのことを決心した瞬間だった。
「僕も・・・このままおもらししちゃうんだね・・・」
「稜くんは全然悪くないもん。悪いのは私だから」
「まさか、綾乃の前で・・・、好きな女の子の前で、しちゃうなんて」
「私も、好きな男の子の前でしちゃった」
「お互い、告白・・・?」
「うん・・・」
「・・・しながら、おしっこ漏らす男なんて、いないよね?」
「でも、いまこうしておしっこを我慢している稜くんのこと、とっても素敵だと思う」
「ありがと・・・、あぁ、もう」
「漏らしちゃうのね?」
「ずっと、このままでいたいけど・・・ムリ、かも」
ためらいの時間の後、やがて稜のジーンズの下腹部が濡れ光りだし、静かな音をさせながら、彼のおしりの下に透明な水が広がっていった。
「稜くん、おしっこしちゃった・・・」
稜は黙ってうつむいたまま、長い時間をかけて、パンツの中におしっこをあふれさせた。
綾乃はそう呟きながら、結果として稜におもらしをさせてしまったことを、今の彼の気持ちを慮りながら後悔していた。その一方で、綾乃の思いを察し、それに応えてくれた稜のことが、とても頼もしく思えた。
稜はよほど我慢していたのだろう、大きな水たまりが綾乃の両足まで包み込んだあと、やがて彼の水流が止まった。
「稜くん、いっぱい我慢してたんだね?」
「ごめんなさい、綾乃の足まで濡らしちゃった・・・」
「ううん、これはきっと稜くんの気持ちだと思ってる。だからうれしい」
「今までいっぱいおもらししたけど、僕もこんな気持ちは、初めてかも」
「よかった・・・じゃあ、立てる?」
「うん」
綾乃に手を引かれて立ち上がった稜のジーンズは、おしりの上まで激しく濡れていた。
「稜くん、ほんとは恥ずかしいかったでしょ? ごめんね」
「ううん、綾乃に近づけた気持ちがしてる。綾乃がああいう風に促してくれなかったら、こんな気持ちにならなかった。だから、すごくうれしいよ」
「稜くん、優しいのね・・・。私の前でおもらししてくれて、ほんとにありがとう」
「そんな、お礼なんて・・・僕がただ、おしっこを我慢できなかっただけ」
綾乃はしゃがむと、稜が濡らしたジーンズの跡を確かめるように撫でた。
「稜くん、前もおしりも、ほんとにぐっしょり。気持ちわるいでしょ?」
「うん・・・おしっこ漏らしたの、久しぶり」
「え、この前は、いつなの?」
「去年・・・紅葉を見に行ったドライブの帰り・・・かな。 綾乃は?」
「私は、今年のお花見で・・・それはあとでね。脱がせてあげる」
「あとでゆっくり聞かせてね・・・」
「今までこんなこと誰にも話せなかった」
「僕も・・・こんなこと話すの綾乃が初めてだよ」
「じゃあ、恥ずかしいけど、我慢してね」
「うん・・・」
「脱がせている間、稜くんがおもらししたときのこと、聞かせて」
綾乃は、そう話しかけながら、稜の腰に手を伸ばすと、ホックをはずして彼のジーンズを下げていった。
(「心の束縛」終わり)