心の束縛(あの日の記憶)
「綾乃、大丈夫?」
「だめ、我慢できない、かも・・・」
修学旅行のバスの窓側の席で、不安からくる尿意に身体を硬直させ、額に脂汗を浮かべる綾乃がいた。
「しっかり、いま、袋もらってあげるから」
「うん・・・」
隣の親友の優子が心配してかけてくれる声に、綾乃はうつむき加減に黙ってうなずくしかなかった。
周囲の友達が綾乃の異変に気づきはじめたが、優子は、
「綾乃、バスに酔っちゃったんだって」
と嘘をついて、その場を取り繕ってくれた。
優子はそっと綾乃に耳打ちして、彼女のスカートをたくしあた。そして、もらったビニール袋にスポーツタオルを重ねたものを、彼女のショーツの下に差し入れた。
綾乃はそれでも必死に我慢していたが、目的地のわずか手前に差し掛かったとき、もうすぐ着くという安心感と、バスが大きく揺れた衝撃から、失禁した。ショーツの下がじわっと温かくなり、それがとめどなくスポーツタオルの上に広がった。
「あ、ぁ・・・漏らしちゃった・・・」
「だいじょうぶ、黙っていれば分からないから」
≪やっぱり最後まで我慢できなかった。あのときみたいに・・・≫
綾乃は悲しくなって泣いた。
「綾乃、気持ち悪いみたいだから、私たち残ります」
優子がそう言ってくれたおかげで、他の誰の目にも感づかれることはなかった。
≪綾乃、ちょっと吐いちゃったみたい≫
綾乃のショーツはタオルにくるんで袋に入れ、あたかも吐いたものを処理したように見せかけて、優子がトイレのゴミ箱に捨ててくれた。
学校生活で綾乃がおもらししたのはこれが初めてではなかった。中学2年生のときの学校での「失敗」をきっかけに綾乃はおしっこに対してナーバスになっていた。
そして高校生になって多感な時期を迎えるにつれ、それは次第に心因性の症状に変わっていった。気をつけていたつもりなのに漏らしてしまったこの日の経験が、この後の彼女をいっそう苦しめていくことになった。