メッセージ(思い出)
「ひかるくんなんて、だいっきらい!!」
「みさきなんて、どっかへ行っちゃえばいいんだ!!」
更衣室で、濡れたアンダースコートを脱ぎながら、みさきは小学校のとき、最後にひかると言葉を交わしたときのことを思い出していた。
昔だったら、すぐに仲直りできたのに、ひかると同じく思春期の入り口に差し掛かったみさきを支配する複雑な感情が、それを邪魔させた。
”仲直りしたいのに、それが言えない。このままじゃひかるとずっと離ればなれ・・・”
みさきの中の解決できない不安やわだかまりは、日ごとにふくらみ彼女の心を掻き乱していった。そして「卒業生を送る会」の日、体調から尿意が近くなり、おしっこを我慢していたみさきは、その不安やわだかまりを、それに重ねあわせてしまった。
”おしっこしたいのに、それが言えない。このままじゃ・・・”
ひかるとの仲直りのタイミングを失っていたのと同様に、トイレに行かせてもらうべきタイミングも、みさきは失っていた。みさきの心をふたつの絶望感が襲いはじめ、状況を解決しようという気力さえ失わせていた。
”だめなの、わたし・・・、ひかるくん・・・”
そんな心の叫び声とともに、みさきの尿意の波は間断なく押し寄せ、その間隔がどんどん短くなっていった。みさきは椅子に座ったままうつむいて、無力感に苛まれながら、自分のジーンズだけを見つめていた。
やがて司会の声が遠くなった瞬間、下腹部からおしりにかけて温かい水が一気に広がるのを感じた。みさきはそこで頭が真っ白になった。
薄暗く寒い春の日で、保健室は暖房が効いていた。みさきは泣きじゃくりながら、保健の先生がやさしく彼女をなだめ、濡れたジーンズを脱がせているのを感じていた。白いショーツが露わになると同時に、それは急に冷たく感じた。みさきはショーツがおしりの上のほうまでぐっしょりと濡れて肌に張りついているのが分かった。
”私、おしっこ、漏らしちゃった・・・”
それは「送る会」が終わるのを待てなかったのと同じように、もうひかるとの仲直りもできないことを示唆していた。
みさきは、解決できなかった自分の不安やわだかまりを、やけになって踏み潰すように、膝下まで下げられたジーンズを、長い両脚をバタバタと足踏みするようにして外した。
だが、そうすることで、なおのこと、おしっこの冷たい感触だけが太腿やおしりにまとわりつき、彼女は悲しくなった。
ただ、ひとつだけ、みさきは感じていたことがあった。さっきまでこの中に広がっていたあたたかい感触が、ひょっとしたら自分のまわりに、そしてひかるの心に、何かを残したのではないか・・・?
ただ、それが何だったのかは、みさきには分からなかった。
テニスサークルの更衣室で、濡れたショーツを脱ごうとしていたみさきの心を、そうした思い出が、走馬灯のように駆け巡っていた。
ショーツに手をかけたまま、ぼんやりと佇むみさきを呼び覚ましたのは、海外からの電話の着信音だった。