メッセージ(再会)
「ひょっとして、柏木さん・・・みさきじゃない?」
「ひかるくん?」
「やっぱり! 久しぶり」
「同じ大学だったなんて、すごい偶然」
小学校の同級生だったふたりは、こうして偶然再会し、親しくなっていった。
気の合うふたりは小学校のときも仲良しだった。周囲の友達からは何かにつけはやし立てられたり冷やかされたりもしていた。だが、昔も、そして現在も、実際に恋人同士になったことはなく、いわゆる友達以上恋人未満の状態が続いていた。
「みさき、図書館で待ってるから」
「うん、あとで行くね」
いつものように大きなバッグを肩に抱えテニスコートへと急ぐみさきを、ひかるが見送った。ショートパンツに包まれた可愛らしいおしりを目で追いながら、ひかるは遠い昔のある情景を思い出すようになっていた。
小学校のとき、3月の卒業が近づいたある日、ひかるはみさきと、ちょっとしたことでけんかをし、互いに口を利かなくなっていた。そうして迎えた「卒業生を送る会」の日。会が終盤を迎えたとき、みさきの周囲が少しざわついた。ひかるが振り向くと、女子たちが盛んにみさきに声をかけていた。
みさきがおしっこを漏らしてしまったのだ。
6年生ということもあり、ざわめきはすぐに消え、周囲の友達は誰も冷やかしたりすることもなく至って冷静だった。先生に静かに促され、その陰に隠れるように目を伏せて保健室へと歩いていくみさきのうしろ姿が、ジーンズのおしりから太腿にかけてぐっしょりと濡らしてしまっているのを、ひかるの席からも垣間見ることができた。
「送る会」が終わってみんなといっしょに退席する途中、ひかるは、みさきの席の近くを通りかかった。彼女の椅子の下だけ透明な水たまりが広がっていて、体育館のキャットウォークから差す日の光にきらきらと輝いていた。
さっき、ひとりだけ体育館を出ようとしていたみさきが、ふと振り向いて、自分の席を切なそうに眺めていたのを、ひかるは思い出していた。まるでみさきは、先生に連れて行かれる前に、自分に、そして彼女自身に何かを言い残していったような・・・、ひかるはそんな気さえもした。
すぐに放課後となり、ひかるは渡り廊下から、みさきのいる保健室のほうを眺めていた。
《今頃、みさきは濡れたジーンズとパンツを保健室の先生に脱がされ、着替えさせられている・・・》
普段は頭が良く快活なみさきが、今そんなふうにされていることが、ひかるには想像がつかなかった。きっと恥ずかしくていたたまれないだろう彼女の気持ちを思いやると同時に、いま自分が彼女のそばにいてやれないことを、ひかるは悔やんでいた。思春期に入りかけたひかるが、生まれて初めて感じる、切ない気持ちだった・・・
それから、みさきは学校へ来なくなり、数日して卒業式を迎えた。その後ふたりは言葉を交わすことなく、みさきが家族の転勤で遠くの街に引っ越していき、離ればなれとなった。
ひかるが覚えているくらいだから、みさきがそのときのことを覚えていないはずはなかった。だが、大学でみさきと親しくなっても、ひかるはみさきに対する思いやりから、そのことを口にしなかった。一方で、
《みさきはあのときの失敗を負い目に感じていて、僕との仲を今一歩踏み込めないでいるのかも・・・》
と、ひかるは感じていた。