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白い結婚の契約書に空欄があったので、幸せを書き足しました

作者: 入河 珈一
掲載日:2026/05/29

契約書の空欄は、泣く場所ではなく書き込む場所でした。

「これは白い結婚だ」


 辺境伯レオン様は、契約書を机に置いた。愛さない、触れない、跡継ぎを求めない。冷たい条項が並んでいる。


 わたしは泣かなかった。かわりに羽根ペンを取った。


「ここ、空欄です」


「慰謝料なら好きに書け」


「では、領民の子どもたちの学校設立費を」


 レオン様は固まった。


 辺境では読み書きできる者が少ない。だから商人にだまされ、税の通知も読めず、薬の量も間違える。わたしは嫁ぐ前から、その数字を見ていた。


「君は自分のために使わないのか」


「わたしのためです。退屈な結婚生活より、忙しい学校作りのほうが幸せですから」


 半年後、学校は開いた。子どもたちは文字を覚え、母親たちは帳簿を覚え、商人たちは不正な値付けができなくなった。


 わたしを笑った実家は、領地経営の失敗で助言を求めてきた。返事は学校の入学案内にした。


 ある夜、レオン様が新しい契約書を差し出す。


「空欄を作っておいた」


「何を書けば?」


「君が望む幸せを」


 わたしは少し考え、こう書いた。


『夕食は、夫婦で食べること』


 白い結婚の契約書は、その日から少しずつ温かくなった。

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