第三話:物理と黒歴史、僕とユウマだけの物語
雨の中。
アキラは全力で走る。
顔は歪み、
呼吸は荒い。
「考えろ!基本設定から思い出すんだ!」
「魔王の種族……
いや、書いてない?」
「魔王の防御……無敵設定だ。
でも、細部は設定してない!」
「ユウマのチート能力に対抗できる、
唯一の攻略法は――論理だ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方。
ユウマは追い詰められていた。
魔法は効かない。
剣も通らない。
何一つ届かない。
「それが限界か、勇者ユウマ」
魔王が嗤う。
ユウマは息を吐く。
「……終わりか」
「最後まで……誰にも見られなかったな」
魔王が手を掲げる。
魔力が収束する。
「その通りだ。誰も見ていない物語だ」
「お前も——誰にも必要とされないキャラだ」
「違う!!」
声が、雨を裂いた。
魔王の動きが止まる。
泥まみれのアキラが息を切らし、
戦場の中央に飛び込んできた。
全身ずぶ濡れ。
息も絶え絶え。
「この物語——」
「最後まで見てるのは、僕だ!」
ユウマが目を見開く。
「……クズ作家……戻ってきてどうするつもりだ」
「僕は作者だ!」
アキラが叫ぶ。
「キャラの運命は——僕が責任を取る!」
「PVが10だろうが——更新はやめない!」
ユウマはそのボロボロのアキラの姿をじっと見つめた。
やがて、呆れたように、
けれど確かな信頼を込めて口角を上げる。
ユウマは剣を構え直し、
アキラの隣へと並び立った。
「……クズ作家。覚悟を決めるのが、
遅すぎなんだよ」
「威勢はいいが、
今更設定変更はできんぞ」
魔王が冷笑する。
「ご都合主義でも使わなければ——俺には傷一つつけられん!」
アキラは息を整え——
笑った。
「誰がご都合主義なんて使うかよ」
「今回は——」
「ロジックだ!」
「それと——物理!」
魔王が眉をひそめる。
アキラは鎧を指差した。
「あの鎧——」
「『あらゆる衝撃を無効化する』って設定にした」
「でも——」
「『温度変化』に対する耐性は、一行も書いてない」
「熱膨張と収縮」
「構造的な弱点だ」
「ユウマ!氷魔法と火魔法を交互に叩き込め!!
止めるな!」
ユウマは一瞬だけ呆気に取られたが、
すぐに理解した。
残りの魔力を全て絞り出し、
炎と氷を交互に連射して魔王の重鎧を猛烈に叩く。
「な……待て、やめろ!」
魔王が初めて動揺する。
だが、ユウマの乱れ撃ちに逃げ場を奪われる。
キィィィィィン——!
耳を裂くような、
金属の悲鳴が山間に響き渡った。
そして「無敵」のはずの鎧が、
猛烈な熱応力に耐えきれず、
ガラス細工のように粉々に砕け散った。
だが、そこに現れたのは、
悍ましい化け物ではなかった。
透き通るような白肌に、真紅の瞳。
そして頭部には、立派な黒い羊角。
雨に濡れそぼり、
薄いインナー姿の美少女だった。
どこからどう見ても、
テンプレ通りの魔族美少女だ。
しかも、反応まで王道中の王道だった。
「……きゃあああああああああああああっ!!」
魔王(?)が鼓膜を突き破るような絶叫を上げた。
彼女は顔を真っ赤にし、
羞恥に震える瞳で自分自身の体を抱きしめ、後ずさる。
「この……変態作者ぁっ!
貴様みたいな変態読者に媚びるために、
こんな物理バグを仕込みやがってぇ!」
美少女魔王は震える指をアキラたちに向けた。
「お、覚えておれ!
今日の屈辱は三倍にして返してやるからなーっ!」
言い捨てると、
彼女は赤い光となって、
現れた時よりも三倍速いスピードで空の彼方へと消えていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
雨は止み。
空は晴れた。
ユウマは固まったまま。
「……おい。アキラ。あれも設定なのか?」
アキラは視線を逸らす。
「……最初は、ラブコメにするつもりで」
「ツンデレ魔王と勇者の同居生活、ってやつ……」
「当時はギャップ萌えが流行ってたし……」
「……それで?」
ユウマの額の青筋が、
かつてない速度で脈打っている。
「それで……その時期、
僕が片思いしてた女の子に彼氏ができちゃってさ。」
「ラブコメを書くのが辛すぎて、
そのルートを全部削って魔王を純粋な巨悪にしたんだよ……」
「でも、中の設定だけ変え忘れて、
上から鎧を着せちゃったっていうか……」
「なんでそのルートを捨てたんだよぉぉぉぉぉぉぉ――ッ!!」
ユウマが猛然と振り返り、
アキラの肩をガクガクと揺らしながら絶叫した。
「このバカ野郎! その設定で書き通せよ!
俺の青春を返せ! 俺のメインヒロインを返せよぉぉぉ!」
勇者の悲痛な叫びが、
爽やかな朝の山谷にいつまでも響き渡っていた。
◇
これは——
誰にも読まれない作者と、
誰にも見られない主人公の物語。
崩れた設定と、捨てられた展開の中で。
それでも彼らは——
この物語を、書き続ける。
※主人公の名前はアキラですが、作者(僕)とは赤の他人です。
※断じて、別人です。
※失恋した腹いせにストーリーを改変したなんて……そんなこと、一度もありません。誓って。
※……繰り返しますが、本作は「完全なるフィクション」ですので。信じてください。
最後までお読みいただきありがとうございます。




