第二話:怒れる「読者」としての魔王と真実の痛覚
その瞬間——
——轟音。
虚空が裂ける。
ユウマは即座に立ち上がり、
剣を抜いた。
空間が歪む。
裂け目の奥から、
黒い影がゆっくりと歩み出る。
その全貌が現れた瞬間——
アキラは息を呑んだ。
全身を覆う黒い鎧。
角の生えた兜。
顔は、
底の見えない闇に沈んでいる。
——魔王。
「ま……魔王!?」
アキラが悲鳴を上げた。
「そんなバカな! 」
「僕のプロットじゃ、
お前は最終章まで魔王城で待機してるはずだろ!」
「ほう? 設定を覚えているのか?
どうせデタラメだろうが」
ユウマが鼻で笑う。
「あながちそうでもないぞ、勇者ユウマ」
魔王の声は、
砂を擦るような重低音だった。
「設定上、俺は貴様が村を出た瞬間から監視しているからな。」
「当然、この『造物主』の口から漏れた『結末』とやらも耳に入っている……」
魔王が踏み出す。
それだけで周囲の草木が枯れ、
殺気が実体となって押し寄せた。
「俺は『完全無敵』の存在のはずだ!」
声が、空気を震わせる。
「だがこの作者は、
勇者を勝たせるために最終章で俺を強引にデバフし、
挙句の果てには『奇跡の光』とかいう訳の分からんご都合主義で相打ちにさせようとした。」
「そんな安っぽくて論理破綻した展開は——俺という『無敵設定』への屈辱だ!」
今の魔王は、
クソみたいな結末に激昂した「読者」そのものだ。
だが、読者たちが抱く「作者を殴り飛ばしたい」という叶わぬ願いを、
彼は今、目の前の作者を相手に実現できる立場にいた。
アキラの身体が冷える。
逃げたい。
だが、足が動かない。
「……『作者がクズ』という点については、
俺も魔王と同意見だ」
ユウマが前に出る。
「……だけどな。」
そして——剣を抜く。
「たとえバグだらけの、
誰も期待しちゃいないクソ物語だとしても——知ったことか」
一歩、前へ。
「ここで戦う俺の意志まで、
ゴミ扱いさせてたまるか!
この物語で——」
地面を蹴る。
「——俺は勇者だ!!」
「ハハハッ!いいだろう!」
魔王が手を振る。
虚空から鎌が現れる。
「そんなに死に急ぐなら——」
「このクソみたいな物語、ここで書き換えてやる!」
◇◆◇◆◇
雨が降り出した。
剣と刃がぶつかる。
火花が散る。
だが——
勝負は、すぐに傾いた。
アキラはその場で立ち尽くし、
ユウマが苦戦を強いられるのをただ見ているしかなかった。
魔王が「台本通り」に動くことを拒否したせいで、
均衡は崩れ、一方的な蹂躙へと変わる。
そして——
一撃。
吹き飛ばされる。
ユウマが地面に叩きつけられ、
アキラの足元に転がった。水飛沫が跳ねる。
「……何突っ立ってんだ!」
「逃げろ!」
「俺は……死ぬにしても、お前のようなクズ作家の前でだけは御免だ!」
アキラは雷に打たれたように我に返った。
躊躇わず、踵を返して走り出す。
「ハハハ! 逃げろ!
勇者を片付けたら、次は貴様だ……」
背後で魔王の笑い声が渦を巻く。
◇◆◇◆◇
アキラは真っ暗な森へと逃げ込んだ。
雨が視界を遮り、
足音は豪雨にかき消されていく。
逃げよう。
もう、ストーリーは壊れた⋯⋯
逃げよう。
設定は全部、崩れてる⋯⋯
逃げよう。
どうせ——誰も読んでいない物語だ!
「もう書かない! エタってやる、こんな小説――!」
心の中で叫んだその時。
アキラの足が木の根に引っかかり、
前のめりに地面へと叩きつけられた。
「あ、がっ……!」
強烈な衝撃。
アキラは顔を上げ、
膝と手のひらに走る灼熱のような痛みを感じた。
泥だらけの手をかざすと、
そこには鮮やかな赤色が雨に滲んでいた。
本物の血。
本物の、吐き気がするほどの激痛。
——現実だ。
「……追放された時、
雨の中で転ぶのって、
こんなに痛いのか?」
アキラは血のついた手を見つめ、
呆然と呟いた。
「僕が適当に打ち込んだ『ユウマは満身創痍になった』の一行は……
こんな感覚だったのか」
画面の前に座る作者にとっては、
それはただの文字列に過ぎない。
だが、キャラにとっては、
逃れられない運命の痛みそのものだったのだ。
呼吸が乱れる。
歯を食いしばる。
無理やり、立ち上がる。
足が震える。
それでも——立つ。
「あいつは、ずっとここにいた……」
「僕が書いた、
この最低な物語の中で⋯⋯」
「あいつは『勇者』であることを選んだんだ……」
膝の震えを、
拳で無理やり押さえつける。
「……なら、僕は何だ?」
「自分で生み出したキャラを見捨てて逃げる……
無責任な『エタり作者』か?」
視界が雨で滲む。
だが、その瞳に宿る光はもう消えていない。
「……僕は……作者だ!」
「作者なら……この物語を、最後まで書き遂げろッ!」
雨は止まない。
だが—— アキラは振り返った。
戦場へ。 走り出す。
※主人公の名前はアキラですが、作者(僕)とは赤の他人です。
※断じて、別人です。
※僕は『ご都合主義』な展開なんて一度もやったことないですし……たぶん。
※……繰り返しますが、本作は「完全なるフィクション」ですので。信じてください。
最後までお読みいただきありがとうございます。




