君と笑える未来を見たい
時間空いてしまってすいませんでした、、
今回別視点進行なので楽しんでいただけると嬉しいです!
2章 隣
眠れない夜というものを、莉奈は昔から嫌っていた。
静かすぎる時間は、考えなくていいことまで考えさせる。
昼のうちは他人の声や雑音に紛れていた不安が、夜になると急に輪郭を持って迫ってくるからだ。
けれど、あの日からは特にひどかった。
病室のドアの前に立って、莉奈は一度だけ息を止める。
時刻は深夜を回っていた。廊下の照明は少し落とされていて、看護師たちの足音も昼よりずっと遠い。
将太朗は多分、寝ている。
それでも来てしまった。
確認しないと眠れないから。
朝、来た時に「もういない」なんてことになっていたら、自分はきっと立っていられないと分かっていたから。
そっとドアを開ける。
白い病室の中で、将太朗は静かに眠っていた。
規則的に上下する胸を見た瞬間、莉奈の肩から少しだけ力が抜ける。
――生きてる。
それだけで、少し安心する自分がいた。
馬鹿みたいだ、と莉奈は思う。
病院にいるのだから、生きているに決まっている。そんなこと、理屈では分かっている。
それでも、目で見ないとだめだった。
眠っている将太朗の横に椅子を引いて座る。
起こさないように、息まで小さくする。
暗い病室の中で見る将太朗の顔は、昼間よりもずっと白かった。
もともと色白だ。昔から、女子みたいだとか、儚いだとか、周りに好き勝手言われていた。本人は軽く笑って受け流していたけれど、莉奈はそういう言葉があまり好きじゃなかった。
儚い、なんて。
消えそうだ、と言われているみたいで嫌だった。
「……ばか」
眠っている相手にだけ言える言葉を、莉奈は小さく落とした。
将太朗は起きない。
当たり前なのに、少しだけほっとする。
莉奈はそっと手を伸ばし、ベッドの上に出ていた将太朗の手に触れる。
冷たい。
その冷たさに、胸の奥がざわつく。
昼間も冷たかった。
笑って誤魔化していたけれど、指先はずっとひんやりしていて、血がちゃんと巡っていないみたいだった。あの時から、嫌な予感は消えていない。
というより、最初から消える気がしなかった。
病室で再会した瞬間から、莉奈はずっと分かっていた。
将太朗は嘘をついている。
大丈夫な顔ではない。
ちょっと検査に引っかかっただけの人間の顔では絶対になかった。顔色も、呼吸の浅さも、笑うまでの間も、全部おかしかった。
湊は心配していたけれど、まだ「変だな」くらいの顔だった。
他の女子たちはもっと分からないだろう。
でも莉奈には分かる。
小学生の頃からずっと見てきたから。
将太朗は、本当に平気な時ほど雑に笑う。
苦しい時ほど、周りを安心させるみたいに軽く振る舞う。
その癖を、莉奈だけは何度も見てきた。
転んで膝を擦りむいた時も。
熱があるのに学校に来た時も。
冬の帰り道、顔色が悪いのに「寒いだけ」と言い張った時も。
全部、同じ顔だった。
だから今日も分かってしまった。
――ああ、また隠してる。
将太朗は昔からそうだ。
自分の痛みを、自分ひとりで片づけようとする。
莉奈はそれが腹立たしかった。
同時に、どうしようもなく悲しかった。
「……頼ってよ」
眠っている将太朗に向かって、ようやく零れた本音は、小さすぎて自分にしか聞こえなかった。
幼馴染なのに。
ずっと近くにいたのに。
どうしていつも、自分だけ蚊帳の外に置かれるのだろう。
莉奈はその答えを、たぶんずっと前から知っていた。
将太朗は優しいのだ。優しいから、自分が重いものを抱え込んだ時ほど、他人には見せたがらない。
巻き込みたくないから。
心配をかけたくないから。
それが余計に相手を傷つけることに、きっと最後まで気づかない。
「……ずるい」
手を握る指に、少しだけ力が入る。
ずるい、と思う。
将太朗のそういうところが好きだったから、余計に。
最初に好きだと思ったのは、いつだっただろう。
はっきり覚えているわけではない。
でも、きっと小学校の頃にはもう遅かった。
下校途中、三人で寄り道していた駄菓子屋。
ラムネを買う時の、あの嬉しそうな顔。
転んで泣きそうなのに必死で笑っていた横顔。
誰かが困っていたら、迷わず手を差し出すところ。
気づけば、ずっと目で追っていた。
十年。
言葉にするとあっけない。
でも、その十年の中には、好きだと自覚した日のことも、言えなかった日のことも、何度も期待して、何度も諦めたことも、全部詰まっていた。
告白なんて、できると思っていなかった。
将太朗はモテる。
本人に自覚はないけれど、周りの女子がどれだけ騒いでいるか、莉奈は嫌というほど知っている。見ず知らずの女子が当たり前みたいに病室に入ってきて、可愛いとか好きだとか言っていくのを見ても、もう驚かないくらいには。
ああいうのを見るたびに、胸の奥が静かに痛んだ。
でも、自分には何の権利もない。
ただの幼馴染だ。
将太朗の隣にいていい理由はそれだけで、逆に言えばそれしかなかった。
だから、言わないでいようと思っていた。
最後まで。
ずっと幼馴染のままで。
それなのに、もし――。
もし本当に、このまま将太朗がいなくなるのだとしたら。
その時に何も言えなかった自分を、きっと一生許せなくなる。
莉奈は握っていた手を、そっと自分の額に当てた。
冷たい手のひらが皮膚に触れて、心臓が痛いほど鳴る。
「……好き」
眠っている相手にしか言えない、小さな告白。
「……十年以上」
言ってしまった途端、泣きそうになる。
馬鹿だと思う。今さらだ。今さら、こんなことを言って何になるのだろう。
それでも止められなかった。
「……死なないで」
最後の言葉だけは、ただの願いだった。
返事なんてなくていい。
約束してくれなくていい。
ただここにいてほしい。
それだけだった。
しばらく黙って座っていると、廊下の方から小さな足音が聞こえた。
振り返ると、病室の入り口に湊が立っている。
「……やっぱ来てた」
呆れたような声だったけれど、責める響きはなかった。
莉奈は手を離さずに小さく頷く。
「……寝れない」
「だろうな」
湊はベッドの足元まで来て、しばらく将太朗を見下ろした。
「寝てるな」
「……うん」
短いやり取りのあと、二人の間に沈黙が落ちる。
将太朗の寝息だけがかすかに聞こえる。
やがて、湊が低い声で言った。
「……どれくらいだと思う」
莉奈はすぐには答えなかった。
言葉にした瞬間、それが現実になる気がしたからだ。
それでも、黙ったままではいられなかった。
「……長くない」
「だよな」
湊はそれだけ言って、壁にもたれる。
いつもみたいな軽さがない。
「俺さ」
「……」
「めちゃくちゃ嫌な予感する」
その声は、莉奈が今抱えているものとよく似ていた。
湊も分かっている。
全部ではないにせよ、もう近いところまでは来ている。
莉奈は少しだけ救われる。
自分だけじゃないのだと思えたから。
「……一週間」
「……え?」
湊が顔を上げる。
「……昨日」
莉奈は視線を落としたまま、言葉をつなぐ。
「……廊下で」
「聞いたのか」
「……うん」
湊は何も言わなくなった。
しばらくしてから、低く息を吐く。
「……マジかよ」
「……」
「それで、あいつ普通に笑ってたのか」
「……うん」
二人とも将太朗を見る。
眠っている顔は、拍子抜けするくらい穏やかだった。
こんな顔で嘘をつくのだ。
最後まで、きっと。
「……将太朗らしいな」
ぽつりと呟いた湊の声は、怒っているようで、どこか泣きそうでもあった。
莉奈はその言葉に何も返せない。
ただ、将太朗の手をもう一度強く握ることしかできなかった。
この人は多分、最後まで自分のことより他人のことを優先する。
だったら、自分は最後まで隣にいるしかない。
泣いても、怒っても、振られても。
それでも幼馴染でいる。
そのくらいしか、もうできないのだから。
窓の外では、雨が降り始めていた。
静かな深夜の病室で、莉奈は将太朗の手を握ったまま、夜が明けるのを待った。
莉奈視点で送らせていただきました!
今回の『隣』の題名は莉奈視点、かつ伏線としてなってます!乞うご期待!これからもよろしくお願いします、、




