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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

君と笑える未来を見たい

作者: les.
掲載日:2026/03/17

時間空いてしまってすいませんでした、、

今回別視点進行なので楽しんでいただけると嬉しいです!

2章 隣


眠れない夜というものを、莉奈は昔から嫌っていた。


 静かすぎる時間は、考えなくていいことまで考えさせる。

 昼のうちは他人の声や雑音に紛れていた不安が、夜になると急に輪郭を持って迫ってくるからだ。


 けれど、あの日からは特にひどかった。


 病室のドアの前に立って、莉奈は一度だけ息を止める。

 時刻は深夜を回っていた。廊下の照明は少し落とされていて、看護師たちの足音も昼よりずっと遠い。


 将太朗は多分、寝ている。

 それでも来てしまった。


 確認しないと眠れないから。

 朝、来た時に「もういない」なんてことになっていたら、自分はきっと立っていられないと分かっていたから。


 そっとドアを開ける。


 白い病室の中で、将太朗は静かに眠っていた。

 規則的に上下する胸を見た瞬間、莉奈の肩から少しだけ力が抜ける。


 ――生きてる。


 それだけで、少し安心する自分がいた。


 馬鹿みたいだ、と莉奈は思う。

 病院にいるのだから、生きているに決まっている。そんなこと、理屈では分かっている。

 それでも、目で見ないとだめだった。


 眠っている将太朗の横に椅子を引いて座る。

 起こさないように、息まで小さくする。


 暗い病室の中で見る将太朗の顔は、昼間よりもずっと白かった。

 もともと色白だ。昔から、女子みたいだとか、儚いだとか、周りに好き勝手言われていた。本人は軽く笑って受け流していたけれど、莉奈はそういう言葉があまり好きじゃなかった。


 儚い、なんて。

 消えそうだ、と言われているみたいで嫌だった。


「……ばか」


 眠っている相手にだけ言える言葉を、莉奈は小さく落とした。


 将太朗は起きない。

 当たり前なのに、少しだけほっとする。


 莉奈はそっと手を伸ばし、ベッドの上に出ていた将太朗の手に触れる。


 冷たい。


 その冷たさに、胸の奥がざわつく。


 昼間も冷たかった。

 笑って誤魔化していたけれど、指先はずっとひんやりしていて、血がちゃんと巡っていないみたいだった。あの時から、嫌な予感は消えていない。


 というより、最初から消える気がしなかった。


 病室で再会した瞬間から、莉奈はずっと分かっていた。


 将太朗は嘘をついている。


 大丈夫な顔ではない。

 ちょっと検査に引っかかっただけの人間の顔では絶対になかった。顔色も、呼吸の浅さも、笑うまでの間も、全部おかしかった。


 湊は心配していたけれど、まだ「変だな」くらいの顔だった。

 他の女子たちはもっと分からないだろう。

 でも莉奈には分かる。


 小学生の頃からずっと見てきたから。


 将太朗は、本当に平気な時ほど雑に笑う。

 苦しい時ほど、周りを安心させるみたいに軽く振る舞う。

 その癖を、莉奈だけは何度も見てきた。


 転んで膝を擦りむいた時も。

 熱があるのに学校に来た時も。

 冬の帰り道、顔色が悪いのに「寒いだけ」と言い張った時も。


 全部、同じ顔だった。


 だから今日も分かってしまった。


 ――ああ、また隠してる。


 将太朗は昔からそうだ。

 自分の痛みを、自分ひとりで片づけようとする。


 莉奈はそれが腹立たしかった。

 同時に、どうしようもなく悲しかった。


「……頼ってよ」


 眠っている将太朗に向かって、ようやく零れた本音は、小さすぎて自分にしか聞こえなかった。


 幼馴染なのに。

 ずっと近くにいたのに。

 どうしていつも、自分だけ蚊帳の外に置かれるのだろう。


 莉奈はその答えを、たぶんずっと前から知っていた。

 将太朗は優しいのだ。優しいから、自分が重いものを抱え込んだ時ほど、他人には見せたがらない。

 巻き込みたくないから。

 心配をかけたくないから。

 それが余計に相手を傷つけることに、きっと最後まで気づかない。


「……ずるい」


 手を握る指に、少しだけ力が入る。


 ずるい、と思う。

 将太朗のそういうところが好きだったから、余計に。


 最初に好きだと思ったのは、いつだっただろう。


 はっきり覚えているわけではない。

 でも、きっと小学校の頃にはもう遅かった。


 下校途中、三人で寄り道していた駄菓子屋。

 ラムネを買う時の、あの嬉しそうな顔。

 転んで泣きそうなのに必死で笑っていた横顔。

 誰かが困っていたら、迷わず手を差し出すところ。


 気づけば、ずっと目で追っていた。


 十年。

 言葉にするとあっけない。

 でも、その十年の中には、好きだと自覚した日のことも、言えなかった日のことも、何度も期待して、何度も諦めたことも、全部詰まっていた。


 告白なんて、できると思っていなかった。


 将太朗はモテる。

 本人に自覚はないけれど、周りの女子がどれだけ騒いでいるか、莉奈は嫌というほど知っている。見ず知らずの女子が当たり前みたいに病室に入ってきて、可愛いとか好きだとか言っていくのを見ても、もう驚かないくらいには。


 ああいうのを見るたびに、胸の奥が静かに痛んだ。


 でも、自分には何の権利もない。

 ただの幼馴染だ。

 将太朗の隣にいていい理由はそれだけで、逆に言えばそれしかなかった。


 だから、言わないでいようと思っていた。


 最後まで。

 ずっと幼馴染のままで。


 それなのに、もし――。


 もし本当に、このまま将太朗がいなくなるのだとしたら。


 その時に何も言えなかった自分を、きっと一生許せなくなる。


 莉奈は握っていた手を、そっと自分の額に当てた。

 冷たい手のひらが皮膚に触れて、心臓が痛いほど鳴る。


「……好き」


 眠っている相手にしか言えない、小さな告白。


「……十年以上」


 言ってしまった途端、泣きそうになる。

 馬鹿だと思う。今さらだ。今さら、こんなことを言って何になるのだろう。


 それでも止められなかった。


「……死なないで」


 最後の言葉だけは、ただの願いだった。


 返事なんてなくていい。

 約束してくれなくていい。

 ただここにいてほしい。


 それだけだった。


 しばらく黙って座っていると、廊下の方から小さな足音が聞こえた。

 振り返ると、病室の入り口に湊が立っている。


「……やっぱ来てた」


 呆れたような声だったけれど、責める響きはなかった。


 莉奈は手を離さずに小さく頷く。


「……寝れない」

「だろうな」


 湊はベッドの足元まで来て、しばらく将太朗を見下ろした。


「寝てるな」

「……うん」


 短いやり取りのあと、二人の間に沈黙が落ちる。

 将太朗の寝息だけがかすかに聞こえる。


 やがて、湊が低い声で言った。


「……どれくらいだと思う」


 莉奈はすぐには答えなかった。


 言葉にした瞬間、それが現実になる気がしたからだ。


 それでも、黙ったままではいられなかった。


「……長くない」

「だよな」


 湊はそれだけ言って、壁にもたれる。

 いつもみたいな軽さがない。


「俺さ」

「……」

「めちゃくちゃ嫌な予感する」


 その声は、莉奈が今抱えているものとよく似ていた。


 湊も分かっている。

 全部ではないにせよ、もう近いところまでは来ている。


 莉奈は少しだけ救われる。

 自分だけじゃないのだと思えたから。


「……一週間」

「……え?」


 湊が顔を上げる。


「……昨日」

 莉奈は視線を落としたまま、言葉をつなぐ。

「……廊下で」

「聞いたのか」

「……うん」


 湊は何も言わなくなった。


 しばらくしてから、低く息を吐く。


「……マジかよ」

「……」

「それで、あいつ普通に笑ってたのか」

「……うん」


 二人とも将太朗を見る。


 眠っている顔は、拍子抜けするくらい穏やかだった。

 こんな顔で嘘をつくのだ。

 最後まで、きっと。


「……将太朗らしいな」


 ぽつりと呟いた湊の声は、怒っているようで、どこか泣きそうでもあった。


 莉奈はその言葉に何も返せない。

 ただ、将太朗の手をもう一度強く握ることしかできなかった。


 この人は多分、最後まで自分のことより他人のことを優先する。

 だったら、自分は最後まで隣にいるしかない。


 泣いても、怒っても、振られても。

 それでも幼馴染でいる。


 そのくらいしか、もうできないのだから。


 窓の外では、雨が降り始めていた。


 静かな深夜の病室で、莉奈は将太朗の手を握ったまま、夜が明けるのを待った。


莉奈視点で送らせていただきました!

今回の『隣』の題名は莉奈視点、かつ伏線としてなってます!乞うご期待!これからもよろしくお願いします、、


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