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第9話

――私は、人々の安寧のために産み落とされた『加護の乙女』。

生まれた瞬間から、王妃として盤上に置かれる運命だった駒。だから誰かの子である必要もない。


ヴェルトワーズ侯爵家に預けられたばかりのころは、ずっと心がモヤモヤしていた。「本当の親も知らずに、ニセモノの家族の中で生きるなんて――ひどい」って。

でも、ある日ヴェルトワーズ侯爵――お父様がご友人とチェスを指しているのを見て、すとん、と腑に落ちたの。


盤上では、(キング)兵士(ポーン)も等しく駒だ。

それぞれの役割を背負い、同じ盤上で戦っている。それを眺めて――ああ、私もこの駒と同じなんだ。と思ったら、胸の中が静かになった。

お飾りでも何でも『王妃』として盤上に立てば、それだけで世界の魔力が安定するらしい。そして世界に災いが減り、どこかにいる本当の両親もきっと幸せに生きられる。そう思ったら、ちょっとやる気が出た。

駒として生きるのは、私にとってむしろ誇り。自分に価値があるという事実。



……でも。

陛下は私を、「駒で終わらせる気はない」と言った。




   *


「……ん」

カーテンのすき間から、やわらかい朝日が射し込んでくる。


目を空けると、ここは王宮内の私室。

もうすぐ侍女が起床を告げに来る時間だ。やがて廊下の向こうに、人が近づいてくる気配がした――。


「……まぁ!」

覚えのある声だった。

扉の向こうで、ごそごそと何かをかき集めている。


私はゆっくりとベッドから降り、部屋の扉を開いた。


「お、おはようございます、エヴァンジュリン様……!」

「おはよう、タリア」

専属侍女のタリアが、山盛りになった封書の束をかき集めていた。慌てて背中に隠そうとしたけれど、多すぎてポトポトと落ちていく。


「タリア。それは?」

「い、いえ。廊下にゴミが落ちておりまして……」

タリアは二十代半ばの侍女だ。いつも落ち着いている人なのに、今は珍しく動揺している。


「私宛の封書ね。夜中に誰かが置いていったのかしら」

床に落ちた封書をひとつ拾い上げてみた。

差出人の名前は空白だけれど、宛名の筆致は明らかに女性のもの。この雰囲気はどう見ても、色恋絡みの面倒なお手紙……。


「全部いただくわ」

「ですが……」

タリアを困らせてしまって悪いけれど、届いたお手紙はきちんと読んでおかないとね。私は部屋の中で、タリアに髪を梳いてもらいながらすべての手紙の封を切った。


(……あらあら)

やはり、予感は的中した。


――『わたくしのグラディウス様を返して!』

――『国王陛下の寵愛は、エヴァンジュリン様のものではありませんわ』

次から次へと、陛下に想いを寄せるご婦人方からの、恨みつらみが溢れ出していく。

便せんに冷ややかな視線を落とす私を、タリアが不安そうに見つめている。


「エヴァンジュリン様……」

「幼稚な嫌がらせね」

「え?」

私は手紙を読みながら、筆跡ごとに別々の山に仕分けしていた。


「何十通もあるけれど、実際に書いたのは4、5人よ。筆跡で分かるわ」

「……まぁ!」

タリアは、驚いて目を見開いている。


(陛下との信頼関係にひびを入れるために政敵が用意したニセの手紙か。それとも実際にご関係のある女性たちが送りつけてきたのか……。どっちかしら)


「エヴァンジュリン様。このような嫌がらせ……申し訳ありません。すぐに陛下にご報告させていただきます!」

「内容自体は気にするほどではないけれど、警備体制の見直しは必要ね」


差出人が政敵でも本物の恋人でも、私はべつに構わない。陛下がプライベートで誰とどんな関係であろうと、口を出す気はないもの。

けれど最後の一通の文面を見て、私は微かに眉を寄せた。


――『国王陛下は恋多き方ですもの。どうせあなたも、すぐ捨てられますわ』


(……勝手に捨てればいいじゃない)

この手紙を書いた女性は何を履き違えているのかしら。


(王妃の立場は、恋愛感情とは無関係よ。王妃という名の駒として、私は盤上に立てればそれでいいの――)


   *


大量の手紙が届いたその日、陛下から「話がある」と執務室に呼び出された。

広々とした部屋の一番奥に、陛下の執務机がある。机いっぱいに書類が広げられ、文官たちが忙しなく出入りしていた。私が入室すると、陛下は文官たちに退席するよう指示をした。


(……女性関係のことを、弁解なさるのかしら?)

と思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。今朝のことで陛下が伝えてきたのは、警備面での謝罪と今後の具体的な対策についてのみ。メインの話は、別だった。


「エヴァンジュリン。今後は君も、執務室に自由に出入りして良いよ」

「……と、おっしゃいますと?」

「君をお飾りの王妃で終わらせるつもりはないと言ったろう?」


執務机についていた陛下は、作業の手を止めて長い指を組んだ。その上に頬を載せ、楽しげに微笑している。


「君は政治を学びたがっていたはずだ。これからは遠慮はいらない。君も私と同じ舞台に上がってもらう」


……一瞬。何を言われたか分からなかった。

私が……。

政治の舞台に上がる?


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