第7話
王太后マグダレーナ・ログルネーテ。
最有力貴族のひとつであるディキセニア公爵家の出身で、派手好きな激情家。気に入った相手は寵愛し、気に入らなければ精神を病むまでいびり倒す――餌食にされた侍女と護衛は数知れず、離職者数は歴代王妃ワースト1だとか。
彼女は、妾腹のグラディウス陛下をあからさまに嫌っている。
即位のときも徹底抗戦していたけれど、最終的には抗い切れずに離宮に住まいを移されたと聞いている。しかし、いまだに贅をつくした生活を続けてお気に入りの貴族を侍らせお茶会三昧だとか。
ちなみに私は「生意気な小娘」と思われているらしく、お茶会に呼ばれたことは一度もない。むしろ本当にありがたいと思っている。
議長が、慎重に声をかけた。
「王太后様。どうかお静まりを……」
「黙らっしゃい!!」
びしり!! と指を議長に突き付けてマグダレーナ様は叫んだ。それからギロリと音がしそうな眼差しで、グラディウス陛下を睨み上げる。
「陛下。法をねじ曲げるなど、このわたくしが許しません。私利私欲にまみれた悪行ですことよ?」
「おやおや」
烈火のごとく気炎を吐き散らかす彼女とは対照的に、陛下の笑みは実に涼しい。
「ランスが自滅したのです。私はただ、後始末をしているだけですが?」
「ふんっ、白々しい。あなたがランスを嵌めたくせに!!」
陰謀論めいたことを言い出したマグダレーナ様に、全員が視線を注いだ。
「ランスが字を読めなかったのは、あなたの責任でしてよ!?」
……ちょっと。
幼児教育のクレームみたいになってますけど。
「ランスが神聖古語を読めないと知りながら、わざと放置していたのでしょう? エヴァンジュリンの価値を伏せていたのね!? だからランスは、婚約破棄などという過ちを――」
……この人、正気なの?
本気で言っているのなら、あまりにも責任転嫁だ……。
陛下は軽く肩をすくめた。
「理解に苦しみますね。ランスに神聖古語を教育したのは教皇でしょう。私も同じく、教皇から習いましたが」
神聖古語は教皇・現国王・次期国王だけが継承する言語で、王たちは教皇から学ぶものだと聞いている。
「あなたの息子が字を読めない責任を問うのなら、教皇にどうぞ? もっとも、ランス自身の怠慢を罰するのが先でしょうが」
ふふ、という忍び笑いが議場に小さく広がる。しかしじろりとマグダレーナ様が睨みつけると、失笑のさざ波が凍った。
「腹黒い男。あなたはそうやって、自分の手を汚さず思い通りに運ぼうとする。『罪人アリシア』の血を引く男が一代王でいるだけでも異常なのに、王位に執着するなんて!」
マグダレーナ様の叫びに、議場が一層凍り付く。そして、陛下の様子を伺うように、貴族たちの目が陛下に集まった。
(……陛下)
静かな表情を崩さないグラディウス陛下を、私はじっと見守っていた。
陛下の実母は、かつて存在したファーレン伯爵家のアリシア様。
何らかの罪をアリシア様が犯したそうで、家ごと断絶させられた。グラディウス陛下が生まれてすぐのことだそうで、私も詳しくは知らない。
だが、その過去を口にすることはタブーとされている。
議事の間が、不穏な空気に満ちていく。
前王妃派はほくそ笑み、新王派の貴族たちは悔しげに顔を曇らせていた。
――しかし、そのとき。
「ははははは!」
と、グラディウス陛下が大きな声で笑い始めた。
……どうしたのだろう。
こんなふうに笑う陛下は、初めて見る。
「私の義母上は、相変わらずかわいらしいお方だ!」
義母上と呼ばれ、マグダレーナ様の顔が引き攣る。
「話をすり替えるのがとてもお上手でいらっしゃる。昔話なら後ほど伺いますよ。ですが残念ながら、今は公務中でして。おしゃべりなら、お茶会でどうぞ? マダム」
「……っ!」
グラディウス陛下の笑みは、完璧なマナーに裏打ちされた『攻撃』だった。前王妃派の貴族たちでさえ、陛下に呑まれているようだ。
「そもそもランスが字を読めようが読めまいが、本質はそこですか? エヴァンジュリンが加護持ちだと知っていたら、婚約を破棄しなかった? つまり、ただの令嬢なら切り捨ててよいとおっしゃるのか」
「っ、それは……」
「婚姻を軽んじる男は王に相応しくありません。私なら加護の有無にかかわらず、エヴァンジュリンを愛します!」
突然陛下に肩を抱かれ、私はびくりと身をこわばらせた。思いがけず陛下の体温に包まれ、議場の視線を一斉に受けて顔がカッと熱くなる――。
「……エヴァンジュリン。いきなりで、済まないね」
陛下は私にしか聞こえない声量で囁くと、ぱちりとウィンクを落としてきた。そして私の肩を抱いたまま、議場を見渡して宣言する。
「女神アルカナは愛と真実の女神だ。伴侶をすげ替えるような不実な男を、果たして祝福するだろうか?」
ざわり、と空気が大きく動く。
「……たしかに陛下のおっしゃる通りだ」
「非常識だな、婚約破棄は」
陛下の正論に、多くの貴族が賛同している。
マグダレーナ様は怒りで顔を真っ赤にして反論しようとしていた――が。
「議長。義母上の議会参加の手続きは取っているのか?」
「いえ……おそれながら」
「いかんな、それは問題だ。参加権のない前王妃が、手続きなしで乱入とは。お散歩ついでに議会に寄るのはご遠慮ください。それとも迷子ですか?」
どっ、と失笑が沸いた。
「くっ……!」
屈辱に顔を染めるマグダレーナ様は、赤いドレスのせいで熟れたトマトに見える。
「ご退席いただけますね、おかあさま?」
「っ――――! み、見てらっしゃい! 思い通りにはさせませんからね!!」」
捨て台詞を残して去る彼女を軽やかに見送ると、陛下は貴族たちに向き直った。
「さて諸君、余興は終わりだ。場が温まったところで議論を始めよう」
その後、王位継承の改正案やその他の議題が審議に掛けられ、今日のところは閉廷となった。
継続審議となった王位継承問題は、各派閥の調査と調整を経て協議を重ねていくようだ。
私は始終、陛下の様子を隣で見ていた。
(この人、なかなか曲者ね……)
これまで持っていた陛下のイメージが、どんどん更新されていく……。
執務室や王室行事での硬質な表情。昨日初めて見たミステリアスな側面。そして今は政敵の前で飄々と振舞い、言葉も空気も巧みに操る姿――。国王グラディウスには、いくつも顔があるらしい。
……結構、面白い人なのかもしれない。
明日からも、毎日20時頃に投稿します。(短編からお読みの方へ:ここから先は、短編とは完全に別進行です。)
複数話を投稿する日は、前日にお伝えします。





