第6話
――翌朝。
朝食への同席を求められ、私は今、陛下とふたりでテーブルを囲んでいる。ダイニングの長卓を挟んでふたりきり。香り豊かな紅茶を口にしたところで、陛下が静かに切り出した。
「これからしばらく忙しくなる。今日の議会では、私の王位継続が最重要議題になるはずだ」
妾腹である陛下の王位は、本来ならば「ランス殿下が継承可能な20歳になるまで」という期限付きだ。法改正をしなければ、退位は避けられない。
しかし、変革を嫌う貴族たちの反発は必ずあるはずだ。
(きっと前王妃派の貴族が、「王は傲慢だ!」とか言い出すでしょうね。やらかしたのは、ランス殿下のほうだけれど……)
この国の貴族は、大きく二つの派閥に分かれる。
前王妃マグダレーナを中心とした旧勢力『前王妃派』と、グラディウス陛下を支持する改革勢力『新王派』だ。
前王妃派の歴史は古く、浪費と癒着の温床になって赤字を垂れ流してきた。
対する新王派は陛下の即位後わずか7年の間に目覚ましいまでに力を伸ばして、勢力を広げ続けている。
当然ながら、前王妃派は陛下の続投を阻止したい。議会が紛糾するのは明らかだ。
「エヴァンジュリン。君の意見を聞きたい」
「……私の、ですか?」
「法を変えてまで私は王位を預かるべきか。ランスに廃太子を命じた私は横暴なのか。遠慮はいらない、次期王妃としての率直な意見を」
陛下は、ランス殿下の婚約者だった頃から私に意見を求めてくる方だった。臣下の意見が割れたとき、必ず問うのだ。
――『エヴァンジュリン嬢、君はどう思う?』と。
この国は古来、女性に政治の意見を求める風潮がない。
ランス殿下はいつも『エヴァンジュリンの発言など無用です』と遮ってきたけれど、陛下は譲らなかった。『国の母となる女性が声を上げるのは当然だ』と。
……本当は、嬉しかった。
いるだけで良い『お飾り』じゃなくて、ちゃんと一人の人間として意見を求めてくれたから。
「……私は、グラディウス陛下の治世が今後も続くべきだと思います」
自分の意見を、きちんと頭の中で整えてから言葉にする。
「昨日のランス殿下の発言撤回を認めれば、大陸諸国に『女神信仰の中枢であるログルネーテ王国が女神を侮辱した』という印象を残すことになりますので。ランス殿下の即位は、国益を損なうと考えます」
それに――と、私は付け加えた。
「我が国にとって、グラディウス陛下が王であることは大きな利点です。歴代王の赤字財政を、わずか7年で立て直されました。あなた様でなければできないことです」
私がそう言うと、陛下は淡く頬を染めて少年のように笑った。
……その表情は、なんだか意外で。
年齢よりもずっと幼くて、少しかわいく見えてしまう。こんな顔もする人だったのね、と私も少し頬が緩む。
「ありがとう。君がそう言ってくれるなら、胸を張って議会に臨める」
席を立った陛下は、長いテーブルの横を歩いて私のすぐそばまでやってきた。
「私の実績を評価してくれて光栄だ。――これからは、男としても君の評価をもらえるように努力しよう」
にっこり笑って、私を見つめる。
……あらあら。
やっぱり朝から色男でいらっしゃるのね。
私は反応に困りながら、紅茶を静かに口に含んだ。
***
――ここは、王宮内の議事の間。半円形の階段席に貴族たちがずらりと並んでいる。
今回、私は特例で傍聴を許された。まだ王妃ではないけれど、王妃内定者としての扱いだ。
「これより本議会を開会する」
議長が声を響かせた。
「第一議題は、次期国王の件である。現法ではグラディウス陛下の退位が定められているものの、ランス殿下の昨日の発言を受けて、廃太子となった場合――」
そのときだった。
「お待ちくださいませ、王太后様――!」
「ええい、おだまりなさい!!」
けたたましい叫び声とともに、バン! と弾けるように扉が開いた。深紅の固まりが嵐のように乱入してくる。
貴族たちの目が一斉に注がれた――。
「法改正など、わたくしは絶対に認めませんよ!! ランスの婚約破棄撤回を、即刻承認なさい!」
ぅわあ……。と、思わず品のない声が漏れそうになった。
宝石をこれでもかと飾り立てた豪華絢爛な五十代前半の貴婦人。赤いドレスに負けない気迫で、香水の匂いが離れた席の私の鼻にまで突き刺さってきた気がした。
「そしてランスを王にするのです!!」
甲高い声を張り上げるこの貴婦人こそが――
ランス殿下の実母であり前王妃。そして現在は王太后として権勢を握るマグダレーナ様なのである。
次話は18時すぎです。





