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第5話

その夜から、私は王族専用の居住区である『奥の宮』に迎え入れられた。陛下から「今後のことを話したい」と言われ、私は最上階のバルコニーへと向かう。


(……いらしたわ)


月光と魔光灯が交じり合う青白い輝きの中、欄干にもたれて佇む陛下の姿は聖堂の宗教画よりも美しい。

黒髪は結わず夜風にほどけ、細やかな灯りを反射してさらさらと揺れている。柔らかな室内着は長身の体に沿ってゆるやかに流れ、昼の厳粛さを脱ぎ捨てたかのように危うげな色香を零れさせている。


「陛下。お待たせ致しました」

ふり向いた陛下の笑みは、昼とはまるで別人だ。公務中の厳粛な表情と違って、軽やかで掴みどころのない微笑み。

「やぁ、エヴァンジュリン嬢」

神か精霊かと見紛いそうな容貌に、思わず見入ってしまった。


「――何か?」

陛下が小さく首をかしげ、私はハッとした。

「……いえ。ご公務のときとは、少し印象が違うので」

「ああ。よく言われるよ」

夜風に髪を遊ばせるその姿は、一国の王には見えない。月明りを纏う姿は、まるで吟遊詩人のように軽やかでミステリアスだ。

これほどの美貌なら、周囲の女性が放っておかないだろうなと思った。


(……そういえば、遊び人だという噂があったわね)


以前、宮中で陛下の『悪い噂』を聞いたことがある。女官たちの話によると、女性関係にだらしないらしい。独身なのを良いことに、夜ごと城を出て娼館に通い詰めていらっしゃるとか。


(聞き流していたけれど、意外と信憑性があるのかも……)


噂を聞いたとき、私はまったく気に留めなかった。敵対派閥による悪意的な情報操作かもしれないし、そもそも関わりのない方だったから。

でも、嫁ぐとなると多少は気になるかもしれない。そもそも陛下は、()()ランス殿下のお兄様だもの。色々やらかしていても不思議はないというか……。


ガッカリ感が顔に出そうになったそのとき。陛下は肩を揺らしてクスクスと笑った。


「エヴァンジュリン嬢? 私は今、随分と不名誉な想像をされていたようだ」

紫の瞳で、私の心を見透かすように見つめられてしまう。思わずどきりとしてしまった。


「……いえ。私は何も」

「そうかい?」


(やっぱり、勘の鋭い方なのね)

その洞察力が、内政や外交でのさまざまな困難から国を守り導いてきたのは事実だ。


……そう。べつに遊び人であってもなくても、プライベートは関係ない。

そう思い直し、居ずまいを正して深く礼をした。

「陛下。舞踏会では窮地をお救いいただき、誠にありがとうございました。あなた様の隣に立つにふさわしい王妃となるよう精進します」


「そのままの君で良いのに」


――え?


ふわりと、陛下の長い指が私の髪を一房掬った。

「そのアイスブルーの瞳も白銀の髪も、気高さを映す鏡のように美しい。私は、ありのままの君でいて欲しいと思うよ」


……私、口説かれてる?

ぽかんとしていると、陛下は掬った髪のひと房に口づけを落とした。

「まったく、ランスは君の何が不満だったのだろう? 私なら、一生を賭して君だけを想うのに」


(うわぁ……これって、遊び人確定なんじゃない?)

とろけるような甘い言葉と仕草の数々は、いわゆる遊び人ムーブというものなのでは。……なのに粘つきがなくて、誠実そうに見えるからふしぎだ。


妙に居心地の悪さを感じてしまい、私は一歩後ずさった。

陛下は無理強いせず、さりげなく私の髪から手を放す。


「陛下。どうか私のことは、お気になさらず」

「というと?」

「あの……無理にお優しくしてくださらなくて、大丈夫ですので。私が陛下にご迷惑をおかけすることはございません。この国の王妃として、本分を果たすことにのみ尽力します」


私は、『加護の乙女』という駒だ。

加護の乙女が王妃になると、それだけで大陸中に女神の祝福が満ちて飢饉や災厄を避ける効果があるという。

……裏を返せば、ただ王妃という地位に就くだけのお飾りとも言える。

この国の政治的な采配は国王に集約され、王妃に活躍を求められることはない。人々の心の支えになるために、優雅に笑って玉座に座る――それが、私の生涯の役目。


「――悲しい瞳だな、エヴァンジュリン嬢。どうやら君は、色々なことを諦めているらしい」

陛下は淡い微笑の中に悲しげな表情を浮かべて、そう言った。


「君は自分を『駒』に過ぎないと思っている。違うか?」

「……陛下はやはり洞察に優れたお方ですね。驚かされます」

「いつか、君が心から笑えるように。そのとき、私が隣にいられるように。女神に祈ろう」


陛下は、静かに言葉を重ねた。

「エヴァンジュリン嬢。私は君を、ただの駒で終わらせたりはしない」


返答に困っていると。

「グラディウスと呼んでくれ。私も、君を名で呼ぼう 」

陛下は静かに歩み寄り、私の左手を取った。その場でひざまずくと、求婚の意思を示す口づけを左手の甲に落とす――。

唇の触れた祝印が、ほんのりと熱を宿したように感じた。


「君の善き伴侶となることを誓う。末永くよろしく――エヴァンジュリン」


……いえ。

そんな重たい誓いを真顔でおっしゃられても……。

明日(1/20)は2話投稿です。

12時頃と20時ごろにUPします。

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