第4話
「退位は取りやめだ! エヴァンジュリン嬢は、私が娶る」
陛下の言葉に、大広間が衝撃に揺れた。……国を揺るがす決断だ。
ランス殿下は目を血走らせ、今にも陛下に飛び掛かりそうな剣幕だ。
「いきなり何を言い出すんだ! 兄上は本来、王になる資格がないだろ!? 俺が成人するまでの『中継ぎ』という特例だったはずだ!」
――そう。
現王グラディウス陛下は妾腹の子。この国の法律では、妾腹の王子に継承権はない。しかし前王ご崩御の折、正嫡のランス殿下は13歳――。だから殿下が成人するまでの中継ぎとして、一代限りの王位に就くことが特例法で認められていた。
グラディウス陛下に妃はおらず、王位を弟に継がせるまで余計な火種を作らないよう独身を貫いてきたお方だ。なのにその『仮初の王』が、約定を覆そうとしている。
「自分勝手に法を捻じ曲げるなんて、無茶苦茶だ!!」
「無茶苦茶はお前だろう。これ以上、我が国の品位を貶めることは許さん。廃太子の件は追って伝える。――退席せよ」
陛下が静かに手を振ると、衛兵たちがランス殿下とパトリシアを取り囲んだ。
「卑怯だぞ兄上! 今さら王位が惜しくなったんだろう!? く、くそ、離せ、お前たち!俺はこの国の次期国王だぞ……!!」
「痛いっ! 引っ張らないでよ、やめてぇ」
衛兵に引っ立てられながら、パトリシアは私を睨みつけた。
「ずるいわ、お姉様! 生まれが特別だからって、王妃になれるなんて不公平よ!」
……そうね、パトリシア。
人生はとても不公平。私だって、そう思うときはある。
望んで祝印を持って生まれた訳でもないし、王妃になるのも意思ではない。
生まれたときから駒なの。
私からすると、自由なあなたがちょっぴり羨ましいわ。
「エヴァンジュリン! 婚約者のくせに、兄上とつるんで俺を嵌めたんだな!? こ、このアバズレめ――!!」
という捨て台詞を最後に扉が閉まって、ふたりの声は聞こえなくなった。
「ふぅ」
……長かった『長女』としての暮らしも、ようやく終わり。これで少しは胸が楽になるわ。本当は、嘘をつくのは嫌いなの。
「列席者の諸君」
グラディウス陛下は、そう呼びかけて私のほうへと歩いてきた。毅然としたその所作は、王の威厳そのものだ。
やがて私と並ぶように立ち、陛下は声を響かせた。
「加護の乙女が次の王妃だ。女神アルカナの祝福は惜しみなく降り注ぎ、大陸全土の希望となることを我が王冠に懸けて宣言する!」
深くて、揺るぎない声音。
場の空気が期待と安堵と期待に包まれて、列席者たちは歓喜の声を上げた。
「グラディウス王、万歳!」
「加護の乙女、万歳!」
ランス殿下のやらかしで、どうなることかと思ったけれど。グラディウス陛下が機転の利くお方で、本当によかったわ……。
本当は、内心ちょっと冷や冷やしていた。
陛下に向かって深い礼をしながら、私は胸の中で安堵の息をついていた。
(あのランス殿下より、グラディウス陛下のほうが国の為になるのは間違いないわ)
私は、夫を選べない。
国王が誰であろうとも、私が王妃にならなければいけないのだ。グラディウス陛下とはほとんど接点がないから、人柄はよく知らないけれど……少なくとも、ランス殿下よりはまともだと思う。
(愛だの恋だの浮ついたものを望むつもりはないけれど。……どうせなら、まともな人のほうが助かるわ)
そんな打算を胸に秘め、私は少しだけ顔を上げて陛下を見つめた――そのとき。
目が合った瞬間、陛下がぱちっとウィンクをしてきた。
(……んん!?)
何ですか、今の?
あなたそういう性格でした!?
有能で一分の隙もない辣腕家――ジョークのひとつも言いそうにない国王陛下が、まさかのウィンク……!?
思わず二度見したけれど、陛下はいつも通りの毅然とした表情に戻っている。
(大丈夫よね……? まともで落ち着いた王様……のはずよね?)
きっと私の見間違いだったんだと思う。
なのに、なぜか心臓が落ち着かずに早鐘を打っていた……。
次話は明日(1/19)の18時ごろ投稿します。





