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愚かな王太子に捨てられた私を、兄王陛下が離してくれません ~私を手放す意味、本当に理解していらして?~  作者: 越智屋ノマ@コミック発売中『氷の侯爵令嬢は、魔狼騎士に甘やかに…
第4章:真実を照らす乙女

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第31話《side:ランス/エヴァンジュリン》

――そして、手紙に指定した日。

パトリシアは、命じられるままに王都の会員制サロンの個室で待っていた。王侯貴族が裏取引や私的な商談で使う、ひっそりとした佇まいの場所だ。


「ランスさま……!」

扉を開けた途端、パトリシアは泣きはらした目で縋りついてきた。


「もう! どうして全然連絡してくれなかったの!? 何度王城に行っても取り次いでもらえないし! わたし、わたし……」

「――ちっ。うるさい女だ」


うんざりとした声ではき捨てると、パトリシアはびくりと身をこわばらせた。愕然とするパトリシアを振り払い、指を突き付けて命じる。


「お前に頼みたいのは一つだけだ! エヴァンジュリンを呼び出せ。うまいこと言って、情に訴えてここに連れてこい。そうしたら、俺があの女を落とす!」

「……え?」


どうやら想定外だったらしい。パトリシアは、みるみるうちに青ざめていった。


「待って……なんで? だってランスさまは、お姉さまが嫌いなんでしょ……? わたしのほうが可愛いって、あんなに言ってくれたのに……」

「事情が変わったんだ」

「……っ」


瞳からこぼれおちる一粒の涙――だがこの女の涙なんてどうでもいい。


「エヴァンジュリンさえ手に入れれば、俺が次の王になれる。力尽くで俺の物にしてしまえば、あいつだって兄上の女になりたいとは言えなくなる。議会で婚約破棄を撤回させれば、こっちのものだ」


結局は、男と女の問題だ。

この前は油断してやり込められたが、女一人くらい準備次第でどうとでもなる。


「そんな……いやよ! わたし、そんなの協力しない!」

「じゃあ修道院に行け」

「……っ」

息を詰まらせ、肩を震わせるパトリシア。その惨めな姿を眺めているうちに、俺は少しばかり気分が良くなった。

「――ふん。そこまで俺の愛がほしいなら、こうしてやろう。もしお前が首尾よくエヴァンジュリンを呼び出し、俺が王になれたら。お前を側妃にしてやる」

「側妃……」


パトリシアの瞳には、いろいろな感情が揺れていた。屈辱。期待。依存心。長く沈黙した末に、ようやくパトリシアは頷いた。

「……わかったわ。お姉様をおびき出せばいいのね?」




*** side:エヴァンジュリン ***


クララ元王女とターナー公爵の騒ぎが収まって、1週間が過ぎた頃。私のもとに、パトリシアから手紙が届いた。


『お姉さま、今まで本当にごめんなさい。

わたしが間違えていたわ……これまでのこと、直接会って謝りたいの。

×月×日の午後1時、王都のサロン・ダスクの409号室で待っています。

二人きりでお話したいから、絶対に一人で来てね

                  パトリシア』


私は今、その手紙をグラディウス様の執務室で眺めている。

応接ソファで彼と並んで、熱のない視線を文面に落としていた。


「……という内容なのですけれど」

「見え透いた罠だな」

「ええ。罠ですね」


はぁ――……と陛下はうんざりした様子で、額にかかる髪を掻き上げた。

「ランスの仕業だな。まったく、あの愚か者が」


どうせ泣きついてきたパトリシアを、都合よくランス殿下が利用したのだろう。パトリシアは反省するような子じゃないし、むしろ自分が被害者だと思っているはずだもの――私に人生を無茶苦茶にされた、って。


殿下は……私を手籠めにでもするつもりなのかしら。軽蔑を通り越して、ぞー……っと背筋に怖気(おぞけ)が走った。


(でも、この『罠』はランス殿下を失脚させるチャンスになるかもしれないわ)


わざと罠にはまったフリをして、不祥事の記録を保存すればいい。これだけの不祥事、議会に提出すればさすがに『国王として不適格』という決定的な証拠になるはずだ。


……などと思っていた、そのとき。


「あのクズを、さっさと潰しておくべきだった」


地を這うような低い声……。

珍しく悪感情を吹き上がらせたグラディウス様の声に、思わずぞくりとしてしまった。


(す、すごく怒っているのね……?)

端正な顔立ちに、悪魔めいた仄暗い影が落ち、背後の空気が歪んで見える……。


「これまで私は、ランスに手加減しすぎていた。君に害を為す気なら、もう容赦はしない」


この人がこんなに怒るのは、初めて見るわ……。


「でも、グラディウス様。これは千載一遇のチャンスです」

敢えて明るい声で私が言うと、陛下はこちらをふり向いた。


「不祥事を起こさせて、記録を議会に提出しましょう。私が囮になって、呼び出しに応じます。ですので、騎士を数名お貸しください」


これでグラディウス様の王位が盤石になるなら、お安い御用だと思った。良い作戦だと思ったのだけれど――。


「ダメだ」

驚くくらい鋭い声音で、却下されてしまった。


「君をそんな危険な目には合わせられない」

「いえ、十分な人数を配備していただければ――」

「そう言う問題じゃない」

陛下は私の手を包み、ぎゅっと強く握った。

温かさと。決して離すまいという強い意思が伝わってくる。


「作戦そのものには賛成するが、君は絶対に行かせない。諜報部に女性がいる。変装させれば、君に見えるだろう」

陛下はそう言うと文官を呼び、次々と指示を飛ばし始めた。

騎士の配置、記録用魔導具の手配、連携する部署への極秘通達……いつもながら、あざやかな手腕に見とれてしまう。


(…………私。なんだか、変な気持ち)

いつの間にか、心の奥がふわふわしていた。グラディウス様が私のために各所に手を回してくれている。……なんだか私、嬉しいみたい。



――『君が欲しくてたまらないから』。

あの夜の言葉が不意に蘇って、ますます頬が熱くなる。

あれからずっとバタバタしていて、あの話題を口にすることはなかった。グラディウス様の気持ちも、聞けていないまま。

それに私は、いまだに自分の気持ちがよく分からない。


ランス殿下の件が片付いたら、きっと私たちは婚約者になる。

……少しずつ、心に向き合っていけたらいいなと思った。



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