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第29話

抱き枕にされてしまった翌朝から、グラディウス様は外務大臣のペールマン卿を伴って王城を出ていった。

行く先は聞いていないけれど、ふしぎと不安な気持ちはない――「心配いらないよ」。そのときの笑顔が、温もりのように残っている。


クララ元王女とその夫であるターナー公爵の対応に、我が国側の担当者はとても手を焼いていたようだ……。


――そして2週間後の今日は、クララ元王女たちの最終滞在日だ。最終合議が開かれるのは、政務棟にある議事の間。

私は、議事の間につながる控え室から見守るように言われている。

向こうからは見えない覗き窓から、そっと議事の間を見つめていた。クララ元王女は華やかな美貌を不満そうに歪めて、崩れた姿勢で椅子にもたれかかっている。


「……もう。グラディウス様は今日もいらっしゃいませんの!?」

唇を尖らせて、元王女は我が国の文官を睨みつけた。


「お会いできたのは初日だけ……その後は一度もお顔を見せてくださらないなんて! 彼が来ないなら、()()()()()()()には絶対に応じませんからね!?」


一番大切な交渉。それは、魔晶石の取引に関することだ。

連日の協議の末、魔晶石以外の案件――商人の往来や港の利用条件などについてはすでに調整済みだ。でも、最重要案件である魔晶石だけは、意図的に議題から外されてきた。


我が国の文官が、淡々とした表情で口を開いた。

「陛下と外務大臣は、間もなくお見えになります」


やがてその言葉の通り、議事の間の扉が開いた。

グラディウス陛下が、ペールマン卿を従えて入室してくる。


「まぁ、グラディウス様!」

クララ元王女が歓喜に声を震わせた。

夜の蝶めいた妖艶な笑みを見て、私は思わず眉間にしわを寄せていた。


「ずっとお会いできず、寂しかったですわ。――それで、グラディウス様。お心はお決まりになりまして?」

クララ元王女に、グラディウス様が静かな瞳を向ける。

「心とは?」

「あら。お分かりのくせに」


グラディウス様は、ゆったりと唇を吊り上げた。

「――ああ、退位後に貴国に籍を置けという話だったか?」


ターナー公爵が言葉を継いだ。

「ご承諾くだされば、関税撤廃の上ですみやかに魔晶石の交易を開始いたします。こちらに、我が国の国王名義の文書草案を用意しておりますので」

柔和な笑みを浮かべながら、ターナー公爵は書類を取り出してみせた。

「グラディウス陛下さえご承諾くだされば、この草案をすぐさま正式な勅書として仕上げましょう」


グラディウス様は、すっと目を細めた。

笑みの形に細まっているけれど、実際はまったく笑っていない。

「――理解できんな。関税に関わる文書を、外務局の裁量で仕上げるという理屈が分からない。そもそも貴国の国王陛下は、この件を承認しているのか?」

「ええ、もちろんでございますとも! グラディウス陛下が我が国にお越しくだされば、両国の繁栄は確実。陛下もそれをお望みで――」


ふっ。――と息を吐くように笑ったのは、グラディウス陛下だった。


「……異なことを言う。貴国の国王陛下は、この件を『まったく知らない』と明言していたぞ」


クララ元王女の瞳が揺らいだ。しかしターナー公爵は、なおも表情を崩さない。

「……何をおっしゃいます。これはまぎれもなく、陛下の意向で――」

「我が国を甘く見ないでもらおう」


グラディウス様は、ペールマン卿に視線を流しながら言葉を継いだ。

「外務大臣の調査によって、退位後の私を貴国に引き入れることと引き換えに、魔晶石の関税撤廃の密約が交わされていたことが判明した。――貴国の外務局と、ランス王子の間でな」


私は耳を疑った。

(ランス殿下とベル=ツェルネの外務局が、裏でそんな密約を――?)

議事の間にいた文官たちも、驚きを隠せない様子だ。


「そこで私は直接、貴国の国王陛下に問い合わせた。陛下の返答は、先程伝えた通りだ」

「直接確認……? おそれながら、そのような手段は……」

「できるさ。我が国の魔導技術は、この大陸でも有数だ」


海を隔てる両国の間では、通常の魔導電信は届かない。けれど、大陸の中間海域まで軍艦を出し、海上から魔導電信を送ればベル=ツェルネとの通信が可能だ――と、グラディウス様は告げた。


「軍艦に私自身が同乗し、ベル=ツェルネへの電信を送った。国王陛下から届いた返書が、今ここにある」


グラディウス様が、返書の内容を読み上げた。

「――『朕に無断で、外務局が朕名義の文書を用意するとは、言語道断。ベル=ツェルネ国王マクシミリアンの名において、グラディウス陛下とログルネーテ王国に心よりお詫び申し上げる。クララとターナー公爵には即時帰国を命じ、厳罰を下す』」


クララ元王女の顔から、みるみる血の気が引いていく。

ターナー公爵も、流石に青ざめていた。


「実はすでに、貴国の騎士はこの部屋の外で待機している」

グラディウス様が軽く手を上げると勢いよく扉が開いた。異国の騎士服をまとった一団が入室し、クララ王女とターナー公爵を取り囲んだ。


「マクシミリアン国王は非礼の詫びとして、主要街道全線の魔光灯を十年照らすほどの魔晶石を贈ると申し出てくださった。おかげで、旅人も商隊も安心して往来できる国になる」


この広大な国土の主要街道全線って……。そんなに莫大な量の魔晶石を、無償で……?

愕然とする私をよそに、グラディウス陛下は声を響かせ続けた。


「しかし我が国にも矜持があるので、一方的な贈答となると心苦しい。そこで我が国からは、若い官吏を受け入れるよう逆提案をした。我が国で研修を施し、貴国へ送り返す。人材を育てたほうが『愛人』を一人差し出すより、よほど利があるだろう。――どうだ? これぞ健全な交渉だと思わないか?」


グラディウス様は、わざとらしいほど爽やかな笑みを美貌に刻んだ。


「一国の王を愛人に、とは非常識も甚だしい。即刻、帰国願おう。貴君らと顔を合わせることは、二度とない」


騎士達に引っ立てられながら、クララ夫人は涙目で訴えていた。

「グ、グラディウス様……待って、助けて……!」


そんな彼女に対して、グラディウス様は一切の情けをかけない。

「連れて行け」

騎士達に囲まれてた公爵夫妻は、そのまま連行されていった。


覗き窓から一部始終を見ていた私のほうに、グラディウス様がふと視線を向けてきた。議事の間にいる彼からは、私の姿は見えていない――けれど彼は、私のいる場所をまっすぐに見つめている。


グラディウス様は、ほんの少しだけ口元を緩めている。(……安心したか?)と尋ねるような表情だ。

私は、しっかりとうなずきを返した。見えてなくても、きっと彼には見えている。


次話は明日(2/5)の12時です。

明日以降は1日2話で最終話まで投稿し続けますので、お付き合いいただけますと幸いです^^

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