第24話
自室のソファで膝を抱え、私はじっと俯いていた。
すっかり日が落ちて、部屋は暗くなっていた。魔光灯が微かに灯り、薄暗がりの中で丸くなる。
ふと、扉をノックする音とタリアの声が聞こえてきた。
「エヴァンジュリン様。晩餐会のご用意を――」
もうすぐベル=ツェルネ王国の使者を迎える晩餐会の時間だ。私も出席することになっている……けれど。
「体調が悪いの。お休みさせて頂戴」
こんな言い訳、初めてだ。
タリアには悪いけれど、今は誰にも顔を見せたくない。ましてや、クララ元王女と陛下になんて。
(陛下には婚約者がいたのね……)
初耳だった。
今も相思相愛で、逢瀬を重ねていたという話も。
……真偽のほどは分からないけれど。
せめて元婚約者が来るということくらいは、私に教えてくれてもいいじゃない。
(……バカね、エヴァンジュリン。婚約者がいたから何なの? 私には関係ない)
今の私は、本当に私らしくない。
でも元王女の仕草は、どう見ても愛を乞う女のそれだった。
陛下は抱きしめ返さなかったけれど、振り払いもしなかった――彼の胸の内なんて、私には分からない。
お茶会の席でのマグダレーナ様の声が、頭に蘇ってくる。
『あの男は何もかも演技よ、あなたは利用されているだけ』
『あなたの価値なんて、祝印がなければ無に等しいのに』
――だから何?
「『照らせ』……」
左手の祝印を見つめて、私はいつもの呪文を唱えた。白く清らかな光が溢れ、部屋の闇を溶かしていく。……けれど、息苦しさは収まらない。
これまでは、心が乱れたときも光があれば大丈夫だったのに。
――今は照らされていても、疑念が消えてくれない。
女神の加護を持っていても、私自身は何もすごくない。魔法だって、光を灯すだけしか使えないんだもの。
(……ああ。本当は、光の魔法だけじゃなかったわね)
実は世界でただ一人、加護の乙女だけが使える『特別な魔法』がある。
真実と偽を見破る、古くて強力な魔法。
使い方を教皇から学んだとき、世界の均衡を崩しかねない重大な魔法だと教わった。
(使ってしまおうかしら……)
陛下の本心を、力づくで確かめてしまおうか。
だって何かを問いただしても、私ではきっと真偽を見抜けないから――陛下は聡明でしなやかで、私より何枚も上手だ。
私はもう、自分の感情も理性も信じられない。
――そのとき、静かなノックの音が響いた。
「……エヴァ」
低く落ち着いた声。グラディウス陛下の声だった。
(……陛下!)
どきりと、心臓が跳ねた。
……どうして、いるの? 耳をふさいでうずくまる。
会いたくない。このまま帰って。
けれど、陛下が立ち去る様子はない。
「いるんだろう、エヴァ。具合が悪いと聞いている。……大丈夫なのか?」
大丈夫じゃない。
「昼間の茶会で、義母上になにか言われたのか?」
――違う、そのことじゃない。
「なんでもいい、声を返してくれ。……どうか、隠さず伝えて欲しい」
隠していたのは……あなたでしょう?
胸の中に、怒りが湧いた。陛下への怒りというよりも、弱い自分自身への怒りだ。
なんだかとても悔しくて、心がちりちりと痛む。私はこんなに痛いのに、どうしてあなたは涼しげなの?
熱に突き動かされ、勢いに任せて私は扉を開けた。
「問題ありません。ですのでお引き取りください、陛下」
陛下が、驚いたように目を瞠る。それから心配そうに眉を寄せた。
「どうしたんだ、エヴァ」
「なんでもありません」
そっと伸ばされた手が、私の髪に触れようとして。
――やめて。
「全部、演技なんですか?」
その一言で、陛下の指がぴくりと止まった。
……違う。
本当は、こんな言葉をぶつけたかった訳じゃない。
「……演技とは、何の話だ? 私は君に本心を隠すつもりはない。それでも不実だと思うなら、理由を聞かせてくれ」
その瞳は、とても切実そうで。……本心なの?
それとも議会でマグダレーナ様を牽制したときのように、この瞳さえ演技なの?
分からない。私には、区別が付かない。
いくら話し合っても、きっと私は信じられない――。
こらえきれなくなって、私は陛下の腕を引っ張って自分の部屋に引き込んだ。
もう、いい。
使ってしまおう。この魔法を。
突然招かれて困惑している陛下の眼前に、私は左手の甲の祝印をかざした。
「……『白日の下に真偽を照らせ』。どうか、正直に答えてください……クララ元王女を愛しているの? そんな女性がいるのに、私に甘い言葉を囁き続けていたんですか?」
祝印が強い光を放ち、彼の瞳を強く照らした。





