第23話《side:ランス》
――エヴァンジュリン・ヴェルトワーズのことが、俺は昔から大嫌いだった。
銀色の髪に冷たい瞳。
俺を敬うそぶりも見せず、まったく愛嬌がない。ツンと取り澄ましていて、意味のない勉強ばかりしているところも鼻につく。
だから、婚約を破棄してやったんだ。
プライドの高いあの女が、地位を失って泣き崩れる姿を見られると思っていたのに。
なのにあいつは泣きもせず、今まで以上に冷えた瞳で俺を眺めるばかりだった。
しかも……『加護の乙女』だと?
左手に宿る祝印が、あいつに王妃の座を約束した。婚約破棄で地位を脅かされたのは、むしろ俺だと?
……許せるか、こんな茶番!
俺が王位に就くための実質的な手段はふたつ。
――ひとつは、異母兄グラディウスを王位から引きずり下ろすこと。
――もうひとつは、エヴァンジュリンに俺を望ませ婚約破棄の撤回に持ち込むこと。
母上の派閥の貴族たちは全力で俺を推そうとしているが、兄上の派閥が邪魔をしていて上手くいかない。俺自身に実績が足らないのも不利だった。だから母上の命令で、俺はベル=ツェルネ王国に向かった。
兄上の元婚約者、クララ・ターナー元王女。
火遊び好きで有名な女だが、いまだに兄上を気に入っていたらしい。そんなクララの愛人にして向こうの国に送ってしまえば、兄上は王位を手放さざるを得なくなる。
ベル=ツェルネ王国は、深刻な人材不足で長いこと喘いでいる国だ。だから優秀な兄上を差し出せば、「見返りとして、魔晶石の関税を撤廃する」と外務局の上層部が密約してくれた。
正式な文書の取り交わしはまだだが、このままいけば問題ない。
兄上を追い出せて、俺にとっては一石二鳥だ。
あとは、エヴァンジュリンに俺を望ませればいい。久しぶりに接触したエヴァンジュリンは、相変わらず氷みたいな態度だったが。
「あなたのお兄様は、ご自分の実績を鼻にかけたりしませんよ」
そう言ったときのエヴァンジュリンの瞳の温度に、俺の胸はざわついた。あいつの目に、恋焦がれるような熱が宿っている気がして……苛立った。
従わないなら力尽くで俺の女にしてやろう――そう思って追いつめたのに。
「身体的技能の優劣は、明らかだとは思いませんか?」
……逆に追い詰められてしまった。
「それでは、ごきげんよう」
「――ま、待てっ……エヴァンジュリン!」
母上から、絶対にエヴァンジュリンを落とせと命じられていた。必死で追い縋り、そして庭園の前を通過しかけたその瞬間。
俺に幸運が訪れた。
(……あれは。兄上とクララだ)
花々に囲まれて、庭園で言葉を交わす二人の姿を偶然見かけた。
会話の内容までは聞こえないが、きっとエヴァンジュリンの目には男女の密会と映っているはずだ。
そのとき、クララが兄上に抱きついた。
(……いいぞ、もっとやれ!)
俺は、エヴァンジュリンに語り掛けた。
「あれは、クララ元王女だ。クララ元王女は、ベル=ツェルネ王国から来た使者なんだ。昔は、兄上の婚約者だった」
できるだけ、クララと兄上が親密であるかのように説明を加えた。
「二人は相思相愛で、今でもああして逢瀬を重ねている。……おっと、お前に聞かせるような話じゃなかったなぁ」
嘘でも何でも構わないから、こいつが兄上を軽蔑するよう仕向けよう。きっとこいつは、俺を見るのと同じような冷たい視線を兄上に向けるに違いない。そんな期待を込めて、俺は横目でエヴァンジュリンを盗み見た。
――その瞬間、息が止まった。
(……エヴァンジュリン?)
エヴァンジュリンの瞳が、ひどく揺れている。
氷の湖面に、大きなひびが入ったように。
ただただ呆然と兄上を見つめていた。
……初めて見た。
こいつが、こんな顔をするのを。
「……っ」
鎧を纏うのを忘れたみたいな表情で、エヴァンジュリンは駆け去った。目から零れた一粒の涙が、まるで真珠のようだった。
俺の中で、ごとり、と何か動く音がした。
……エヴァンジュリンの泣き顔は、本当に愛らしかったんだ。
「エヴァン……ジュリン」
欲しい。
俺のものにしたい。
兄上ではなく、俺がお前を泣かせたい。
……ランスが気持ち悪いです。
┃.‸. )⁾⁾
今日の夜に投稿する分からは、視点が戻ってエヴァンジュリン&グラディウスのシーンが進みます!





