第20話
私が黙していると、マグダレーナ様はまるで出来の悪い生徒を諭すような笑みを浮かべた。
「エヴァンジュリンさん、あなたが戸惑うのも無理はないわ。あの式典でのランスの失言、若さゆえの過ちだったわね」
同情的な声音だけれど、その瞳には私を思いやる色などない。
「でも未来の王妃には、夫の失敗を許す寛大さも必要よ?」
寛大さ、ね。
ひどく薄っぺらい言葉ですこと。
「だから、ランスを選びなさい」
それは明確な命令だった。
「……お言葉ですが、ランス殿下はパトリシアを妃にしたいと仰っていましたが」
「別れさせたわ」
と、マグダレーナ様は即答した。……別れさせたですって?
「当然でしょう? あなたを『愛人の子』だなんて、嘘をつく女は。パトリシアのせいでランスは道を誤ったの。本当に、ひどい悪女ね」
どうやらマグダレーナ様は、パトリシア一人に責任を押し付けるつもりらしい。
私が一言も発さず、表情も動かさないのを見て――マグダレーナ様は少し不機嫌になったようだ。
「ランスを選んだ方が、あなたの為だと言っているの。……もしかして、とは思うけれど。グラディウスに惚れ込んでいるわけではないでしょうね?」
「……」
私は今、どんな表情をしているのだろう。
沈黙を肯定と受け取ったのか、マグダレーナ様はさらに機嫌を悪くしたらしかった。
「やめておきなさい。あの男は何もかも演技よ、あなたは利用されているだけ。血は卑しいし、どうしようもない女たらしなんだから」
マグダレーナ様の声を皮切りに、取り巻きの貴婦人たちが口をそろえて陛下の悪口を言い始めた。
「そうなんです。じつはグラディウス陛下は、ひどい遊び人なんです!」
「ええ。それはもう、恋多き方で……」
「わたくしたちは皆、陛下の被害者なのですよ?」
――うるさい。
「……いい加減になさってください」
私は瞳に力を込めた。
「国王を貶めるなど、許される発言ではありません。……もちろん、 《《偽の文書で国王の女性関係を捏造》》するのも論外です」
ぴしゃりと声を発すると、マグダレーナ様たちの表情が凍った。
……もう、いい。
本当は言わないつもりだったけれど、言ってしまおう。
「数か月前、私の部屋に女性からの告発文が置かれたことがありました。あのお手紙、書いたのはあなた方ですね」
「……なんのことかしら?」
「手紙に染みついていた香水の匂いが、あなた方の今日の香りと同じでした。それに手紙は山ほどあったのに、筆跡の癖は4、5人程度。誰かが何通も書いたと、見た瞬間に分かりましたわ」
「「「「!」」」」
貴婦人たちは表情をこわばらせ、視線をうろつかせている。
まさか言い当てられるとは思わなかったのだろう。マグダレーナ様も、悔しげに顔を眉間にしわを寄せてていた。
「……ずいぶんと強気ね。あなたの価値なんて、祝印がなければ無に等しいのに」
「当然、存じておりますわ」
私は静かに立ち上がった。
「私の価値は、この左手だけ。だからこそ、相応しい方に差し出すことを願っております」
一礼して、笑みを深める。
「本日はお時間をありがとうございました。それでは皆様、ごきげんよう」
ふり返らずに歩み出す。
背中に刺さる鋭い視線に、怖気づいたりするものか。
(……負けない)
私の決意を見守るように、胸元の紫水晶がひそやかに輝いていた。
明日からも12時・20時に投稿します。





