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第2話

ランス殿下は国王陛下の座する高座をふり向いて、声を張り上げた。

「国王陛下、エヴァンジュリンとの婚約の破棄を認めてください! 何ら問題はないでしょう?」

なんて無礼な口ぶりなの……。私は思わず眉をひそめた。


大広間が、しん――と静まり返る。その静けさは輝きに満ちた宮中舞踏会にはあまりに不似合いで、淀んだ沼底のように息苦しい。


グラディウス=エルガ・ログルネーテ陛下は、柳眉を寄せて沈黙を纏っている。27歳の若き王――ランス殿下の異母兄に当たる陛下のお姿は、佇むだけで場の光をすべて引き寄せてしまう。


うなじで束ねられた長い黒髪は磨き抜かれた黒曜石のような艶を帯び、束ねてもなお流れる線が美しい。硬質な美貌には理知的な影が差し、その奥には匂い立つような色香が滲む。


長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳は、王家に特有の紫色――ランス殿下と同色であるはずなのに、殿下とは比べ物にならないほど静謐で澄んでいた。

「――王太子ランスよ」

声を響かせ、陛下が静かに立ち上がる。すらりとした長身は均整が取れていて、細身の衣装でも鍛え抜かれた輪郭が分かった。


「お前は、今日の舞踏会の意義を理解していないのか」

「当然理解していますよ。俺の結婚式と戴冠式の日取りを、正式発表するためのパーティでしょう? だからこそ、この場でエヴァンジュリンとの婚約破棄を宣言しなければならないんです」


ランス殿下は、ふたたび私を指さして声を張り上げた。

「こんな女、俺は最初から気に入りませんでした! しかも本当は、ヴェルトワーズ侯爵の愛人の子だというじゃありませんか!? そのように卑しい女が王妃に相応しいはずがありません!」


――愛人の子?


突如のスキャンダル発言に場がざわつき、私と父に好奇の視線が突き刺さる。

私は表情を落とし、父はわなわなと唇を戦慄かせていた。


「パトリシアが俺に打ち明けたのです! エヴァンジュリンは、正当な嫡女ではないと!」

「わたし、もうこの女をお姉様呼ばわりするのはうんざりなんです! エヴァンジュリンは幼い頃、うちに連れてこられたんです。お父さまったら、いきなり『今日からこの子がうちの長女だ』なんて言って……」


憎しみに満ちた目で、パトリシアは私をふり返った。

「図々しくわたしの家に入り込んで、そのままお妃様の座に就こうだなんて! あんたみたいな女を、詐欺師って言うんだわ!」


……あらあら。

パトリシアったら、余計なことを言ってしまったのね。

お父様から、「絶対に誰にも言ってはいけない」って子どもの頃から命じられていたのに。


パトリシアの言っているのは、半分当たりで半分間違い。

確かに私は、もともとヴェルトワーズ侯爵家の子ではなかった。

4歳で侯爵家に引き取られたあの日から、『長女』らしく振舞うように仕込まれたのだ。


……本当の出自は、私自身も知らない。

それでも私は、ヴェルトワーズ家の皆さんを家族と思うように努力してきた。皆さんも、異物に過ぎない私を受け入れようしてくれていたと思う……ただひとり、パトリシアを除いて。

(この子だけは、ずっと私を嫌っていたものね……)

パトリシアは事あるごとに私を(なじ)った――「愛人の子のくせに」って。



「――もう充分だ」

私の回想を断ち切るように、国王陛下が声を響かせた。


「ランス。婚約破棄を希望するお前の言葉、誠に誤りではないのだな?」

「無論です」

「エヴァンジュリンを失うことに、悔いはないか」

「言ったでしょう? こんな高慢な女、絶対にいりません!」

「そうか」


陛下は深い息を吐いた。


「ならば仕方あるまい。王太子ランス=ユードリヒ・ログルネーテとエヴァンジュリン・ヴェルトワーズ侯爵令嬢との婚約解消を認めよう」

にやり――と笑うランス殿下。場内が緊迫に包まれる。

「そして――」

陛下ははっきり、こう言った。


「王太子ランスに廃太子を命じる」


静まり返っていた空気が一転。大広間が騒然となる。

「――なっ、何を言っているのですか!? 俺を……廃……」


まあ、それはそうなるわよね。だって……。

私は自分の左手を見て、そっとため息をついた。


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