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第18話

陛下の母君に関すること。

それは、宮廷ではタブーとしてされて避けられている話題だ。

……私が聞いてしまっても、いいのかしら。


そう尋ねる間もなく、陛下は口を開いていた。


「私の母は、父・前王アウグストスを毒殺しようとした。……少なくとも公的な記録には、そのように記されている」

「……っ!」


端正な顔立ちから一切の表情を落として、陛下はただ淡々と言葉を紡ぐ。


「食事に毒を盛ったそうだ。……父の心が離れることを恐れ、同じ毒を一緒に呷って心中を試みたらしい。父は一命を取り留めたが、母はそのまま帰らぬ人となった」


さらりと告げられた言葉の重さに、私は言葉を失った。

あまりにも重くて、どう受け止めればいいのか分からない。


「生まれて間もない赤ん坊だった私は、当時のことを何も知らない。だが、妾妃の子である以前に罪人の子である私が、王位を預かることについて貴族の意見は割れている」


沈黙を挟んだのち、囁くような声で続けた。

「――それゆえ私は仮初の王に過ぎず、その地位は決して盤石ではない」


澄んだ瞳の奥に沈んだ暗い色。それを見て、胸の奥がじくじくと痛んだ。熱が疼き、おのずと息が浅くなる。


(……この人は、どれほどの重圧を抱えてきたの?)

陛下自身のあずかり知らない、重い罪。

生まれた頃から背負わされ、それでも前王の息子として生き続けてきた。


……私に何が言えるだろう?

薄っぺらい同情なんて、この人はきっと求めていない。だから私は、安易な慰めの言葉を探すのをやめた。

でも、これだけは伝えなければならないと思う。


「……陛下。お聞かせくださって、ありがとうございます」


一度黙して、息を整える。

それから、言葉を選んだ。

「正直、驚きました。でも……」

私は、まっすぐに陛下を見つめる。


「マグダレーナ様が何を伺ったとしても、陛下こそが王にふさわしいと、私は思います。複雑な出自に縛られず、ご自身の生き方でそれを証明しているからです」

「エヴァ……」

陛下は、すぐには言葉を返さなかった。

視線を伏せ、長い沈黙が降りる。


「……君の言葉は、力があるね」

顔を上げた陛下の瞳は、先程までの陰りがわずかに和らいでいた。

「とても嬉しい」

噛みしめるように、そう言った。

それから、再び沈黙に包まれる。


――このお話は、ここまで。

そう感じた。

「陛下。お忙しい中お時間を作ってくださって、ありがとうございました。……宰相と文官の皆さんをお呼びしてきますね」

そう言うと、私は執務室の扉の方へ向かおうとした。

けれど――。


「待ってくれ」

ふり返ると、陛下がいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

「先程の話とは別件だが。渡したいものがあったんだ……機会を逃してしまいそうでね」

さりげない仕草で、執務机の引き出しから何かを取り出す。――ベルベッド張りの小箱だった。

「君に、これを」


そっと開かれ、一粒石のネックレスがきらりと光る。――陛下の瞳と同色の、紫水晶。

「私に……?」

「ああ。この前のチェス大会の優勝祝いだよ。君が盤に向かう姿が、あまりに楽しそうだったから。職人に依頼していたものが、ちょうど今朝届いた」

(優勝のお祝いって……そんな、わざわざ、私に?)


戸惑っていると、陛下が立ち上がった。

「つけていいかな」

返事を待たず、静かに背後へ回る。首元に触れた指先の温もりに、ぴくりと体が強張った。冷たい銀鎖が、さらりと素肌をなぞる。


「よく似合う」

慈しむように目を細め、陛下は言った。

「良かったら、茶会にもつけて行ってくれ。もしも心が揺れたら――君はひとりではないと思い出してほしい」

「……ありがとうございます」


――体の中に、熱が生まれた。表情が緩みそうになり、でも、そんな浮ついた態度はだめだと気を引き締める。


(婚約者からの贈り物なんて、初めてだわ……)

そう考えてから、ふと我に返る。

――私たちは、まだ正式な婚約者ではない。議会の承認が降りていないから。

この人の妃になる未来を当然のように思っていたけれど、それはまだ誰にも保障されていない。


不安定な足場に立っている心地がして、私は無意識にネックレスへと指を伸ばした。その石は優美でありながら、揺るぎない光を宿している。

……まるで、陛下の瞳みたい。


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