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第16話《side:グラディウス》

エヴァを送り届けた後、私は自分の部屋へと続く廊下を一人進んでいた。


チェスのときのエヴァの笑顔が、まぶたに焼き付いて離れない。弾けるような、あの笑みが。

あんな表情は初めてだ。胸の高鳴りが止まらない。


「……困ったな」


誰かを欲しいと思ったのも、身を焦がす熱に悩まされるのも、彼女以外にはありえない。

いったい私は、いつからエヴァンジュリンを一人の女性として見るようになったのだろう?



   *


初めて彼女に会ったのは、7年前。私の即位直後だった。

法王からの神聖古語による事前通達の後、密かに謁見の場が設けられた。ヴェルトワーズ侯爵に伴われて現れた彼女は、まだ13歳の子どもだった。

……高貴な仔猫のようだと思った。


ぽきりと折れてしまいそうなほど華奢だが、瞳に芯がある。宿命に準じて生きようという気概のようなものが感じられた。だが、同時にすべてを諦めて受け入れているような――その痛々しい冷たさが、心の片すみに残った。



その謁見から数か月後。

古い文書をあたろうと、図書室の書庫に向かったときのこと。

広い図書室にある閲覧席の片すみに、小柄な少女の背中が見えた。――エヴァンジュリンだった。


大きな政治書にかじりついている。

王妃は政治に発言できない、それがこの国の常識なのに。

彼女は黙々と学び続けていた。

来る日も来る日も、何年も。

その姿はとても静かでひたむきで――美しかった。


支援を申し出たいと思ったことは、何度もある。

だが、私が世話を焼いて余計な噂が立てば、彼女の立場を危うくするだけだ。距離を置くのが最善だと、私にはよく分かっていた。


――それなのに。


ランスが、エヴァンジュリンを冷遇していると知った。

あの愚かな弟は自分では何一つ学ばずに、ひたすらに努力を重ねるエヴァンジュリンを見下している。

許せなかった。

あれほど健気に国のためにあろうとする少女が、なぜ傷つけられなければならない?


行動を改めるよう注意しても、ランスは従わなかった。中継ぎの王に過ぎない異母兄など、軽視しても良いと思っているらしい。

――だが。

弟を変えられなくても、私にはできることがある。


私は日々、政治改革を進めていった。国王が機能しなくても、国が守れる仕組みを作らなければならない。愚かなランスが国王になっても、民が苦しまずに済むように――エヴァンジュリンが穏やかでいられるように。



彼女が王妃となる日には、私はすでに玉座にいない。王位を退いた傍観者として、遠くから見守っていられれば十分だと思っていたんだ。

――だが、今はもう状況が違う。



廊下の途中で足を止め、さきほど彼女に触れた指先を握りしめた。そこに残る温もりを確かめるように、そっと頬へ寄せる。

「……エヴァ」


もう、見守るだけの日々には引き返せない。

――いや。

引き返す選択肢など、最初から頭になかった。


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