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第12話

……我ながらばかばかしいことをしているな、という自覚はあった。


「わぁ。エヴァンジュリン嬢、黒髪もよくお似合いですね! それにそのお召し物、どこから見ても裕福な商家のお嬢様ですよ」


「……光栄ですわ」

黒髪のかつらと市民階級の女性が着る控えめなワンピース。祝印を隠すため、手袋も着用している。初めての変装に不自然さしか感じかった。ぎこちなく頷きながら、私はザクセン卿を見つめた。

隣に立つザクセン卿は、付き人然とした服装が妙に板に付いている。


「本当に陛下を追いかけるんですか?」

「あなたがお決めになったことでしょう? というか、もう城門の外じゃありませんか」


……おっしゃる通り。周囲を見回せば、もう王城の門は背後だ。


(たしかに、今さら引き返せないわよね)


陛下の裏の顔を見に行くか誘われ、つい頷いたのは先日のこと。こうして本当に城外に立っているのだから、我ながら勢い任せにも程がある。


「……やけに楽しそうですね、ザクセン卿」

「僕も好きなんですよ、町歩き。ところで今は『ザック』でお願いしますね、()()()


アイザック・ザクセン。やたらと語呂の良いのだが、それが彼のフルネームである。


「ところで。……ザック様と私が二人で出歩くのは、問題だとは思いませんか?」

「大丈夫ですって、二人きりではありませんから。護衛もちゃんと忍ばせています」

ザクセン卿が視線を投げると、物陰にいた市民風の男女数名が、さりげなく目配せを返してきた。

「それじゃあ行きましょうか。ゆっくりしていると陛下を見失ってしまいますよ」

「……はい」


なにやってるのかしら、私は。

自分で自分にあきれながら、ザクセン卿の隣を歩き始めた。


   *


やはり陛下は隙がない。

平凡な外套姿で城下の人混みをすいすいと歩く。私が歩き馴れていないのもあって、すぐに見失ってしまった。


「……すみません。私のせいで」

「大丈夫ですよ。きっと今頃、『彼』は用意しておいた馬車にでも乗り込んでいるでしょう」

「見失ったのに、ずいぶんと余裕なのですね」

「ふふふ。実は行先はもう、把握しておりまして」

楽しげに笑いながら、ザクセン卿は二枚の紙片を懐から取り出した。

王立歌劇場の本日・夕方の公演チケットだ。


「陛下が密かに確保していたのを、うっかり見ておりまして。同じ公演を手配しておきました」

「……本当に楽しそうですね、あなた」

呆れながら、私はザクセン卿とともに王立歌劇場に向かった。


   *


王立歌劇場の中は、現実から切り離されたかのように華やかだ。深紅の座席が階段状に何百席も連なっており、天井から降り注ぐ黄金色の照明が舞台を馬蹄形に浮き上がらせている。


(――いらしたわ)

陛下は王侯貴族用のバルコニー席ではなく、平民の座る一階席にひとりで座っていた。陛下の周囲がさりげなく空席になっているのは、護衛が手を回したのだろう。

ザクセン卿と私は、目立たない後方の席に腰を下ろした。


(まずは観劇という訳ね。誰と待ち合わせしているのかしら)


観劇はデートの定番コースだ……と思う。私にはデートの経験がないけれど、たぶんそう。


(それにしても、最初の訪問先が歌劇場でよかったわ。噂通りいきなり娼館だったら、さすがに軽蔑するかも……)

と思っているうちに、館内の灯りがスッと落ちて開園の合図が響いた。ところが、公演が始まっても陛下のそばには誰も来ない。


(どうして誰も来ないの?)

背中越しでも分かるほど、彼は純粋に舞台を楽しんでいる。


結局、最後まで誰も現れなかった。やがて幕が下り、観客たちの拍手が館内を埋め尽くしていった。観客の流れに紛れて歌劇場から立ち去る陛下――外はすっかり、夜の色だ。


陛下はさりげなく人混みに混じって大通りを進む。やがてするりと波から遠ざかり、細い路地へと入っていった。

(今度はどこへ行くのかしら……)


しばらくして、人通りの少ない一角に小さな建物が見えてきた。『孤児院』という看板が見える。


(……どうして孤児院に?)

小さく首をかしげていると、

「お嬢様。こっちの木陰から見ましょう。中がよく見えます」

と、ノリノリのザクセン卿が手招きをしてきた。


木陰に潜んで、様子をうかがう。陛下は門番と短い会話を交わしてから、柵の内側へと入っていった。庭を通り、孤児院の建物へと向かっていくと――。


「ディーおじしゃん!!」

3歳くらいの少女が大きな声でそう呼んで、建物の中から走り出してきた。

弾けるような笑みを浮かべ、陛下の膝に抱きついている。そのまま陛下に抱き上げられて、なでなでされて喜んでいた。


(まさか隠し子?)

……いえ。どう考えても、それはない。

いつの間にか建物の中から他にもたくさん子どもが出てきて、笑顔で陛下を囲んでいる。元気な子供たちの声が、こちらにも届いた。

「わーい。おじさんだぁ!」

「ひさしぶりだね、ディーおじさん!」


施設の職員も来て、にこやかに陛下と話している。会話の内容までは聞こえないけれど、とても打ち解けた様子だ。陛下はしゃがみ込み、子ども達ひとりひとりの顔を見ていた。やがて全員と話し終わると、満足したように立ちあがる。


軽く手を振り、門のほうへと戻ってきた。

門番に笑顔で別れを告げ、そのまま軽やかに去っていく。

(……ただ子どもたちに会いに来ただけ?)

遠ざかっていく陛下の後ろ姿は、どこか嬉しそうだ。


私がぽかんとしていると、ザクセン卿が笑いかけてきた。

「お嬢様。陛下の私生活が見えてきましたか?」

「……」

どう返事をしたらいいのか、よく分からない。


(ディー『おじさん』って……そんな年齢でもないわよね)

と、ついどうでもいいことを思ってしまった。


   *


そのあと陛下が向かったのは、下町にある気取らない雰囲気の酒場だった。陛下が酒場に入ったあと、少し間を空けて私たちも扉をくぐる。

中は活気に満ちていた。木の香りと人の熱気が交じり合い、ざわざわとした笑い声が溢れている。華やかさはないけれど、ふしぎと居心地が良いお店だ。


カウンター席に陛下の背中が見えた。

私とザクセン卿は、遠く離れたテーブル席に着いて様子を伺う。陛下は市民に混じって談笑しながら、楽しげにジョッキを傾けていた。


「さて、お嬢様。今日の『彼』のお遊びプランはこんな感じのようですが。お望みの光景は見られましたか?」

「……」

私が邪推していた『悪い遊び』は一つもなかった。どう返事をするべきか、やはりさっぱり分からない。私が口をつぐんでいると――。


「よぉ、かわいいお嬢ちゃん! 見ねえ顔だなぁ」

と酔っ払いが声をかけてきた。


「この店は初めてかい? こっちに来いよ」

ザクセン卿がそれを静かに制しようとする。

「悪いが、我々は結構だ」

「固いこと言うなよ、一緒に呑もうぜ!」

「他を当たってくれ」

穏やかながらも、ザクセン卿は譲らない。密かに同伴していた護衛たちも、無言で気配を尖らせている。


(……ちょっと面倒なことになってしまったみたい)

しかしそのとき、低く澄んだ声が割り込んできた。


「おや。君も来ていたのか」

ワインのように芳醇な声だ。


(……陛下!)

カウンター席にいたはずの陛下が、こちらに歩み寄って来ている。


次話は20時ごろ投稿します。

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