第11話
そして始まった仕事の日々は、とてもやり甲斐があって。
実務の最初は、書類の読み方から教えてもらった。
国内各地の税収報告や穀物の備蓄量。公共事業の進捗状況。――数字の向こうに、人々の民の暮らしが少しずつ見えてきて、嬉しかった。
少しずつ、仕事の幅も増えてくる。
我が国の魔導具の歴史や運用についても学んだ。魔導通信機をはじめ、周辺諸国に一歩先んじた技術水準――。他国への技術貢献についても知れて、誇らしい気分になった。
やがて、法令案や議会の議事録にも目を通せるようになった。私は議会への参加権を持たないので直接参加することはないけれど、生の情報に触れると議場の空気を感じ取れる。
議会でいま最も紛糾しているのは、やはり陛下の進退問題。前王妃派は必死らしい。ランス殿下の失言をなかったことしようと画策しているけれど、新王派がそれを阻んで睨み合っている状態だ。
「エヴァンジュリン。議会のことで、君が気に病むことはない。安心して学びを重ねてくれ」
「――ありがとうございます」
陛下は決して奢らずに、臣下や文官の意見を真摯に汲み取ろうとする。そんな彼の姿勢を見れば、彼のもとに人が集まるのもよく分かる。
――けれど。
陛下への尊敬が深まるほどに、胸の中に『気になること』が湧き上がっていった。
それは……。
「……あら。今日も陛下は外出なさったんですね」
その日の夕べ、私はとうとう呟いてしまった。
お仕事を補佐するようになってから知ったのだけれど、陛下は早めに仕事を切り上げて姿を消す日がたまにある。……どうやらお忍びで、王城の外に出ているらしい。
「まぁ、放蕩癖は陛下の唯一の短所ですかねぇ」
と、ザクセン卿が肩をすくめた。
(放蕩って……)
すると、ペールマン卿とバルデン卿もうなずいていた。
「陛下のような方にこそ、息抜きは必要です。私服護衛も連れているので問題ございません」
「そうそう。どこぞのランス殿下と違って、羽目を外し過ぎることもないんでね」
どこぞのランス殿下って……全然伏せる気がないですね。
(でも、何だかちょっとモヤモヤする……)
そんな自分に気が付いて、自分自身に戸惑っていしまう。
陛下の私生活に口を出すつもりはないのに、私はなにが不満なんだろう……?
「……」
前に女性からの手紙が山のように届いたことが、ふと脳裏をよぎった。
あの日以来、手紙は一通も来なくなった。あの手紙が偽物なのか本物なのかは、結局分からない。あの手紙のことを、陛下は何も説明してこなかった。
(……こっそり、あとをつけてみようかしら)
少しだけ、そんなことを考えてしまう。
(別に、陛下の私生活に口出しなんてしないけれど。……でも王妃としてお仕えするなら、『お忍び』がどういう内容か知っておくべきじゃない? あの人の生活パターンを把握しておかないと、政務の補佐に支障が出るかも……)
「行ってみますか?」
不意に、ザクセン卿が言った。
「え?」
「城下ですよ。お顔に書いてありますよ、エヴァンジュリン嬢」
いたずら好きな子供のような顔で、ザクセン卿が笑っている。
……顔に出ていたかしら。
「王がどこでどんな遊びを楽しんでおられるか――確かめたいのでしょう?」
ペールマン卿が眉を顰める。
「おい。ザクセン、軽率なことを言うな。エヴァンジュリン嬢を勝手に連れ出すなど」
「えー。でも結婚相手のことを知りたいというのは当然でしょう。陛下もおっしゃっていたじゃないですか、『エヴァンジュリン嬢の意向は最大限尊重するように』って」
「確かにそうだが……」
渋い顔をするペールマン卿の隣で、バルデン卿は「まあ、いいんじゃないか?」と笑っている。
(陛下の行動を確かめる機会なんて、そうそうないものね。でも、もし本当にアヴァンチュールの最中だったら……)
にんまりと目を細め、ザクセン卿は私を誘う。
「さあ、エヴァンジュリン嬢。陛下の裏の顔を見る勇気がおありですか?」
「……」
「行けばあの完璧王の《《意外な一面》》が見られるかもしれませんよ?」
私は、ごくりと息を呑んだ。
次話は12時すぎ投稿します。





